(GEPR編集部より)今年の夏は、関西、九州、東北で電力の供給不足の懸念が広がっています。原発政策の是非については国民的な議論が必要ですが、そうした原発の是非と再稼動の是非が結びつき、原発を稼動できないことによって供給不足が生じています。エネルギー政策の研究者である岩船由美子東大准教授に昨年の緊急節電を振り返り、今年の展望をまとめた寄稿をいただきました。昨年の節電は、国民と経済に多大な負担を与えたことを指摘。こうした節電の方法を見直し、燃料費などの巨額負担に注目して、持続可能性な節電とエネルギーシステムを考えることを訴えています。
本文 (GEPR版)
岩船由美子 東京大学生産技術研究所准教授
2011緊急節電
エネルギーの問題を需要側から考え始めて結構な年月が経ったが、去年ほど忙しかった年はない。震災後2011年4月に「緊急節電」というホームページを有志とともに立ち上げて、節電関連の情報の整理、発信を行い、多くの方のアクセスを頂いた。
昨夏求められた「緊急節電」は、停電回避のため、電力ピークの山を減らす目的の電気の使用削減であり、「省エネ・CO2削減」のための節電とは違うものであった。例えば、電気からガスや石油への代替や、電力供給能力に余裕のある休日や早朝・夜間への需要シフトなど、場合によっては増エネ・CO2増となる可能性もあるような施策も重要であった。震災後需要が最大となる夏期まで時間的にも余裕がなく、設備の代替などの大掛かりな対策が取れなかったこともあり、その意味でも「緊急」的な節電であった。
計画停電こそなかったものの4、5月から節電を根付かせ、節電を需給計画に盛り込むことで、極端な対策をとることなく経済活動への影響を最小限に抑制すべき、という我々の呼びかけは残念ながら現実とはならなかった。東日本では大口需要家向けに電気事業法第27条による電気の使用制限令が発動され、結果東京電力の場合で大口需要家の最大電力が29%削減された(全体で18%、小口需要家19%、家庭6%削減)。東北電力の大口需要家においても同様に、目標の15%を大幅に上回る削減が達成された。
のちの調査結果で、これらの削減は、主として、生産調整、夜間休日への勤務シフト、自家発電の活用によるものであり、生産・産業活動に多大な影響があり、かつ相当の対策費用(数億円~数十億円の例もあり)も発生したという報告がなされている。「今後の政策形成に向けた含意としては、経済活動への影響の最小化するために、強制的な措置ではなく、比較的負担が小さいと考えられる業務部門を中心にきめ細かな節電を要請する必要がある」とされている。
ピーク電力の問題は足りるか足りないかの0か1の問題であり、足りそうだとわかれば皆の関心は一気にしぼむ。昨夏も今冬も結局は足りた。政府の対策を後から振り返って「家庭まで節電させることはなかったのではないか」などと批評するのは簡単である。しかし、昨年の5月の時点で、供給力がどこまで上乗せできるかわからない状態で、強制措置含めて一律15%削減を目標に定めたことは仕方なかったことと思う。
ただその後、制限令が開始された7月1日の時点で、予想外に復旧が早かった広野火力発電所を含めて、東京電力には180万kW、3.3 %の予備率が生じていた。当時もう制限令は必要ないのではないかと筆者も思ったものであるが、法的な措置というものはそう簡単に軌道修正できるものではないのだろう。最終的に規制は9月上旬まで続けられ、結果必要なレベルを相応に上回るピーク削減が多大な経済的・人的負担とともに実現された。
2012年の電力供給問題
基本的には昨年の反省のもとに、今夏は強制措置に頼らず、産業部門へのダメージを小さくして、節電余地のある業務部門や家庭における対策を、必要な時間だけ呼びかけることができるような方法を検討すべきであろう。
原発が再稼働できない場合もっと厳しい状況になりそうなのが関西電力である。その見込みについてはいろいろ言われているが、はなから他社を完全に当てにした需給計画は立てられないというのもそれはそれで当然かと思う。ただ今回のリスクは当然想定されたことであり、もう少し供給積み上げの努力などがあってもよかったような気もするが、私は、結局は今夏もピークは足りると思う。
関西電力の運(涼しい夏か?他社とピークがずれて十分な融通量が確保可能か?火力が故障しない?)に依存するところも大きいが、最終的には、融通や他社受電、ある程度無理のない節電、さらにはGDP低下を招く無理のある節電まで含めれば乗り切ることはできる。一方で初めから原子力発電所をあてにしていない東京電力の今夏の供給力はかなり積み上げられているようだ。
しかし、今の日本では、ピーク電力が足りればそれで問題解決ではない。長い目で見れば、問題は燃料費であり、本気で取り組むべきは省エネになる(電力消費量を減らす)節電である。原子力が停止した分が、ガス火力で発電されその分の燃料費の負担が増大していることは、ある程度世間では周知のことであろう(と信じたい)。
現状のままでは、電力会社の人件費を大幅に削っても、無用な子会社を無くしても、皆が電力を使い続ける限り、電気料金の値上げなしにはいずれ立ち行かなくなる。このような状況下では、省エネにならないピーク対策の意味はなく、効率の低い自家発電の再稼働も、無理な燃料シフトも大飯原発稼動なしの関西電力以外は必要ない。
まずは省エネとなる節電を。それも我慢の節電ではなく、労力と効果の見合う持続可能性の高い節電方策を考えたい。身近な取り組みは去年の「緊急節電」サイトを参照されたい。夫のシャツはノーアイロンにするなどの前向きなネタも多い。業務部門では、多少思い切った投資が必要ではあるが、中小企業を中心に費用対効果の高い省エネ・節電余地が多く残されていると思う。
エネルギーシステムにおいて大事なこと
去年大騒ぎしておいて申し訳ないが、より長期的な視点に立ってエネルギー需給を考えるとき、ピーク電力の問題というのは、もちろん大変な問題ではあるけれど、本質的な問題ではない。一番大切なのは、経済性、信頼性、環境性、安全性の制約をクリアした上で、ヒトが必要なサービス(快適性)、必要な物資を最小の投入エネルギーで得ることができることである。
新エネは投入エネルギーを減らすことができるが、断熱性の悪い家を建てて太陽光発電を載せるのは費用対効果から考えると順番が間違っている。せっかくのスマートグリッド技術も無駄な需要まで調整しては意味がない。スマートシティでエネルギーの地産地消をめざすのは何のためなのか、検討は十分だろうか。発電所は大規模なものほど高効率であり、電力は遠くまで瞬時に送れるのがメリットである。バッテリーへの期待は高いが、現状では交流から交流への充放電では2割ほどのロスがある。太陽光の変動は大規模系統で吸収してもらうのが一番効率的である。熱の融通がうまくいかないと、分散型システムはエネルギー効率という点で集中型システムに勝てない。重要なのはシステム全体で最適化することである。
終わりに
最近始めたツイッターで、気に入っているメッセージがある。市民科学者高木仁三郎氏BOTより「原子力はエネルギーとして頼りにならない、石油の代わりにはならないというだけでは、エネルギー問題を考える答えになっていない。問題は、破壊的でも抑圧的でもない社会をつくる上でエネルギーをどう考えたらよいか、ということである。」
故人の発言からの引用が毎時発信されているようなので同じメッセージがけっこうな頻度で送られてくる。その繰り返し現れるメッセージが「破壊的でも抑圧的でもない社会」のためのエネルギーシステムについて、考えつづけなさいよという警告のようで、フォローをやめられないでいる。
2012年夏の節電はどんなものになるか。今のような「足りるか足りないか」という議論だけでは、大飯が動けば世間の関心は薄いまま終わるだろう。それでも昨年、多くの人々は電力が有限であることに気が付いてくれたはず。今年も一人でも多くの人がそのことを覚えていてくれますように。資源のない我が国では、この先もずっと、生活に直接間接的に影響を与えるエネルギー問題を考えていかなくてはならないのだから。
緊急節電サイト(現在は更新していません)
岩船由美子 東京大学生産技術研究所エネルギー工学連携センター准教授。シンクタンク勤務を経て、現職。家庭部門や業務部門における持続可能なエネルギー需給、エネルギーマネジメントシステム等に関する研究に従事。