原発の再稼働の議論が迷走している。この議論で最も欠けているのはグランドデザインだと思う。日本の将来のエネルギー政策をどうするのかという議論だ。原発や電力会社の在り方は国家の総合エネルギー政策に沿って議論すべきだと思う。
日本の経済活動に対する影響や人体や環境に与えるダメージも精緻であらゆる利害から独立した形で計算すべきだ。利権やしがらみを背景に持つ主体に、鉛筆をナメナメ自らの利害に沿った結論ありきの裁量的分析をさせてはならない。TPPの経済効果の計算で、農水省と経産省と内閣府の結果が大きく食い違い、日本の経済統計技術の稚拙さとあからさまな裁量経済計算を見せられた。
余談になるが、筆者が内閣府大臣政務官であった時、内閣府の心ある官僚からある陳情を受けた。「統計の専門家を育てる人事をしてください」というものだ。彼によると「政府経済統計作成の中心にある内閣府の統計は諸外国から全く信用されていない。統計の技術と算定の客観性ともに疑われている。その大きな理由は統計のプロの不在。統計のプロ養成には10年はかかる。諸外国の政府では統計の専門家を時間かけて育て動かさない。霞が関のローテーションでは二年で異動だ。一年で統計の基礎を叩き込まれ、ようやく慣れた二年目には次に移る。いつまでたっても素人だ。」というもの。後に大臣と相談したが、それは長年の懸念であったが、その前にわれわれ政治家が一年ローテーションで役所を去ったので何もできなかったが。多分今も統計の専門家は育っていないままではなかろうか。
まず将来にわたって必要な電力量をはじき出す。それだけの電力を造るためのベストな発電方法のミックスをシミュレーションする。シミュレーションに当たっては、当然ながら各種発電方法のコストを厳密に計算する。発電所の設置、設備更新、送電、蓄電のコストはもちろん、各発電方法向けの燃料の相対価格の変動も複数のパターン想定。石油、天然ガス、ウラン、シェールガス等々、各産地をめぐる世界情勢により変動幅は変わってくるだろう。それら国際情勢を視野に入れた、各燃料の安定供給力も考慮する。もちろん、これに為替レートの変動もぶち込む。太陽光や地熱や風力の安定供給力も科学的に精緻に計算。
勝るとも劣らず大切なのが、発電方法ごとの人体や環境に与えるストレスだ。当たり前だが、噂レベルではない科学的根拠に基いた冷静な計算がなされるべきだ。原子力の放射能のみを恐れるのではなく、火力発電による近隣住民への呼吸疾患の影響も、データで比較すべき。風力や太陽光等の自然エネルギーも人体や環境への影響が皆無ではないだろう。
環境への負荷も当然考慮すべき。世界の流れは脱化石燃料だ。その背景には地球温暖化問題がある。政府は声高らかに温暖化で世界のイニチアチブを取ることを謳ったままだ。
「原発をとめても電力は足りているではないか」との議論があるが、節電とこれだけ火力をフル動員して乗り切っただけだ。このコストは高くついており、産業の競争力を削ぎ、電気代の値上げとして国民負担は増し、産業の空洞化やリストラによる将来の雇用減も一種の国民負担である。為替レートの変化により貿易赤字が増加傾向で固定化すれば国家財政へのダメージも想定される。加えて、火力フル稼働は人体や環境への負荷が大きい。温暖化への日本のイニシアチブを国家としてどう考えるかも総合エネルギー政策を考える上での柱になる。
これらを計算して、数パターンのシナリオを想定し、そこから政治が何にどれくらい優先順位を置くのか、決断する。
経済なのか? 人体なのか? 環境なのか? あらゆる利害から独立した主体が科学的に計算したものを根拠に政治が議論するのだ。すべてがうまく満たされる解などなかなかない。フリーランチはこの世にはない。何をどれだけ犠牲にして何をどれだけ優先するのか? 厳しいが頼りになる現実数字をもとに国民と議論しながら政治が現実問題として決めていく。
これが可能になるための最大のネックは、計算主体であろう。計算自体は日本の英知を結集すれば難しくはない。問題は、余計な裁量を持ち込まない主体をどう作るかである?
今こそ日本に真の独立したシンクタンクが求められると思う。あらゆる利害から独立して、純粋に科学的に最高の能力で計算をして、正確な選択肢を政治や国民議論に用意できる主体を造らねばならない。政府がそこに分析を委託するのだ
これはエネルギー問題に限ったことではない。人口動態推計やそれに合わせた社会保障のデザイン、TPPのような貿易経済問題、対北朝鮮政策等の外交安全保障問題でもそうだ。日本はグランドデザインを書くのが苦手だという識者は多くいる。その通りだと思う。今は昔よりひどい。下手でも書く練習をしていた昔と違って、今は誰もまともに書いていない状態だ。原発再稼働問題を契機に、真の将来エネルギー政策を。そしてその議論を正確にするための独立したリサーチ機関を。そしてそのリサーチ機関を活用して国家のグランドデザインを。
田村耕太郎