エネルギー調査機関のGEPRを運営するアゴラ研究所はドワンゴ社の提供するニコニコ生放送で「ニコ生アゴラ」という番組を月に1回提供している。6月5日の放送は「2012年の夏、果たして電力は足りるのか!? 原発再稼動問題から最新のスマートグリッド構想まで「節電の夏を乗り切る方法」について徹底検証!!」だった。(GEPR版)
元グーグル日本法人社長の村上憲郎氏、国際環境経済研究所所長の澤昭裕氏、環境コンサルタントの竹内純子さんが出演した。司会はGEPRの運営母体であるアゴラ研究所の池田信夫所長が務めた。
6月5日のニコ生アゴラ。左から池田氏、澤氏、村上氏、竹内さん
池田氏は民間有識者を集め、この研究会を発展させて、「IOTコンソーシャム」というNPOを立ち上げる予定を公表した。スマートグリッドとエネルギーシステムの改革、そしてIOTを結びつける活動を行う。「産業のイノベーションにつなげたい」と期待する。(池田氏の解説記事『ソフトバンクのスマートメーター構想』)
村上氏によれば、スマートグリッドは現時点で3方向の利用が検討されている。まず前述の「ディマンド・リスポンス」。次に「見える化」。自分の家庭でどれだけ使っているかがわかり、これは家電製品やHEMS(ホームエナジー・マネジメントシステム)などへ情報を活用する。その中で実際に始まったのは3点目の「見守りサービス」。エネルギーの使用状況を見ることで、高齢者の行動を遠隔地から把握できる。しかし「企業は使い方を考えていても、将来のビジネスのために今は外に出さないでしょう」とも述べた。
「今のスマートグリッド90年代初頭にインターネットが出てきた当時に似ています。スマートグリッドなどで集めたエネルギーの情報は、何に使えるか分からない。逆に何にでも使える可能性がある。エネルギーの変革に日本は一歩前に踏み出ようとしていますが、IOTでさらに一歩前に進めるのではないでしょうか」(村上氏)。
ただし電力会社の戸惑いも理解できると、竹内さんは指摘した。「夢が広がるのはいいことですが、何に使えるか明確に示せないものにどれだけコストをかけるのか、お客様が本当にその「夢」を望んでいるのかもわかりません。高性能のメーターは結局高コストとなり、電気代に上乗せすることが許されるのか、電力会社としては慎重にならざるを得ないでしょう」。
澤氏は経産省時代、インターネットの黎明期に振興政策を担当した。「日本のアプリケーションのアイデアの数が少なく、結局、サービスは米国企業の独壇場になってしまった」。普及ではこうした問題を乗り越えなければならないだろう。
次のテーマは「電力自由化」。電力会社の地域独占と発送電の一体事業を見直そうという動きがある。今は産業向けの大口電力への参入はあるものの、家庭などの小口電力は自由化されていない。
「例えば、「原発の電気を使いたくない」と考える人へのサービスや料金メニューはありません。もう少し自由さと工夫があってもよく、ユーザーに不満はあるはずでしょう」と澤氏は現状を指摘した。しかし電力の場合は他の水道や通信を動かす「インフラのインフラ」。澤氏は経産省時代に官僚として自由化を肯定する政策を主張することが多かったが、電力は特に慎重に事を進めなければならないという。「失敗の影響が大きすぎる。この問題は政治的なアジテーションが多くて猪突猛進に進めという進軍ラッパだけでは危ない」。
日本では停電がほぼなく、そして電圧が一定など高品質な電気の供給が行われている。竹内さんは、東電の支社勤務時代に停電になるとすぐに多くの「おしかりの電話」が来たことを紹介。電力は生活の根幹であり、電力会社には必ず供給しなければならないという安定供給のDNA、『供給本能』とも言える責任感があるという。「それが過剰品質につながったといわれればそうかもしれないが、そうでなければ日本は産業立国が実現できなかったのではないでしょうか」と話した。
最後に村上憲郎氏が話した。「国民がエネルギー問題をここまで考えたことはありません。震災によるエネルギー供給の混乱、原発事故という不幸な出来事がきっかけでした。議論を深め、福島の原発事故、震災で苦しむ方々のためにも、安全で、効率的なエネルギー供給体制をつくることが、私たちの責任ではないでしょうか」。
原発事故以来、エネルギー問題の議論は原発の先行き、コストなど、今ある問題を解決するための後ろ向きのテーマが多かった。もちろん、今ここにある問題を解決することは、必要だ。しかし、新しい産業を創造する議論があってもいいのではないだろうか。スマートグリッドとIOT、さらに電力自由化によって、イノベーションが始まるかもしれない。「危機がチャンスに変わる」。今回の放送から、そんな期待を抱けた。