地井武男さんを偲ぶ フジテレビは今こそ『北の国から』を再放送せよ

常見 陽平

地井武男さんが亡くなった。心不全だった。

地井さんと言えば、「ちい散歩」という方も多いことだろう。しかし、私にとっては『北の国から』なのだ。故人を偲びつつ、彼の演技がいかに素晴らしかったかについて振り返ってみたい。そして、フジテレビに言いたい。韓流ドラマもいいのだが、今こそ日本ドラマの至宝『北の国から』を再放送せよ、と。


まず、『北の国から』という作品についてだ。北海道出身者として、語らせて頂く。

このシリーズをご存知だろうか?ひょっとすると10代の方、20代には知らない方も多いことだろう。おそらく、さだまさしが歌う主題歌くらいは聴いたことがあることだろう。

富良野市を舞台に、1981年から2002年にかけてフジテレビで放送されたドラマだ。脚本は倉本聰、主演は田中邦衛だ。東京から北海道の富良野市に移った家族の、大自然の中での人間ドラマである。連続ドラマで人気に火がつき、その後もスペシャル番組が何度も作られた。道内での視聴率は40%をこえることもあった。このドラマにより、富良野市の名前は全国区となり、観光地としての知名度は飛躍的に上がったのだった。

実は私は、北海道出身者なのにも関わらず、2002年、28歳になるまで『北の国から』を観たことがなかった。中高生の頃は、このドラマを観ていなかったために、放送があった翌日には会話の輪に入れなかった。

ちょうど名古屋に転勤した際に、たまたま出会った名古屋大学の教授に「この作品だけは観るべき」とすすめられ、レンタルで借りて観て、夢中になった。毎晩3時まで観て、あっという間に全巻制覇した後、ちょうどドラマ版最終話という触れ込みの『北の国から2002 遺言』が放送された。

シリーズ全作品を観て、28歳までこの作品を観なかったことを後悔しつつ、このドラマが北海道民にとってなぜ人気があるのか理由が分かった。よく、この番組の紹介文で使われる「北海道の雄大な大自然の中での、親子の心の触れ合いと、成長の物語」などというものは大ウソだ。

良い部分も悪い部分も含め、北海道の現実を、痛いほどに赤裸々に描いているからだ。特に北海道の悪い部分である「内地コンプレックス」と「閉鎖的な社会」を描いている部分を私は支持している。もちろん、不器用な生き方を描いている点も高く評価しているのだが。「北海道の人は開放的」とよく言われるが、それは観光客に対してであって、人間関係は実に閉鎖的だと感じてきたものだ。よく言えば仲が良いのだが、悪く言うと「群れる」のだ。「●●さんの息子が、暴走族に入った」「●●さんの娘は夜の仕事をしているらしい」という噂がよく広まるわけだ。このコンプレックスに満ちた価値観と、閉鎖的な人間関係から、私は内地に出ようと思ったのだ。

話を戻そう。

この作品はなぜ、こんなにリアルなのか?これは脚本家である倉本聰さんの取材力、そして一切の妥協を排除した撮影、そして登場人物にあると言われている。

倉本聰はこの脚本を書き上げる際に、かなりの長期間にわたって道内を取材したという。富良野駅の近くにある北の国から資料館に行ったことがあるが、この徹底した取材により、田中邦衛の演じる五郎さんを始めとする登場人物は、ドラマには登場しないシーンも含めて、北海道の田舎でよくある出来事、よくいる人の要素を絶妙に取り入れて作り上げられていると解釈している。撮影についても、猛吹雪の中など過酷な環境で行われる。それこそ、イメージしていたシーンに相応しい猛吹雪でなければ撮影が延期になったりする。このシリーズが終了した理由のひとつは番組スタッフの高齢化だとも言われている。長期間にわたって、大自然の中、撮影するのは過酷そのものだ。

そして、リアルという意味で言うならば、地井武男さんの『北の国から』シリーズにおける演技は、リアルそのものだった。中でも『北の国から 2002 遺言』における、愛する妻を亡くして号泣するシーンは『北の国から』ファンの間で、語り草になるほどの歴史的名演技である。放映の前年に、当時の奥様を乳がんで亡くしている地井武男さんにとって、これは受けるかどうか迷う、非常に悩ましいオーダーだったはずだ。まさに、迫真の演技だった。涙が止まらなくなるほどだった。同年に放送されたメイキング番組でも、このシーンは取り上げられていたのだが、彼がこのシーンに魂をかけていたことがよく分かる。

ネットニュースなどをみると「ちい散歩」の話ばかりが出るのだが、『北の国から』のことを忘れてはなるまい。まさに、今から約10年前に放送された名シーンだった。「ちい散歩」で地井武男さんを知った人も、ぜひ『北の国から』を観て頂きたい。今のテレビをめぐる環境ではもう二度とあり得ない世界がそこにはあったのだ。できれば、連ドラ編も、特別編も全部、その順番で観ること。ティッシュやタオルを用意して、部屋を暗くして観ること。硬い頭に釘を打ち込むような、魂が揺さぶられるような感動が、そこには、ある。

そして、フジテレビよ、韓流ドラマもいいが、『北の国から』を再放送しなさい。あるいは、地井武男さんを軸にした追悼番組の制作を熱望する。

最後に。

地井武男さん、安らかにお眠りください。

合掌。