どちらが問題? ─ 県知事の「教え子」採用と、岩波の「縁故」公募

北村 隆司

個人的意見としては、どちらも問題ないと思うのだが、公金を使う知事の教え子採用を黙って受け入れながら、私企業の岩波の件で騒ぐマスコミの価値基準への疑問は消えない。

報道をもとに、その間の事情を紐解くとこうである。

熊本県の蒲島郁夫知事は、知事が東大教授だった時の教え子を副知事に任命する事を決め、県議会の同意が降りれば、全国最年少の副知事が誕生する事になったと言う。


新副知事候補は、東大法学部で蒲島ゼミの1期生で、卒業後、外資系コンサルタントや衆院議員秘書を経て、蒲島知事の参与となった人物で、この経歴以外、どんな実績の持ち主かは皆目分からない。

この副知事登用人事に絡み、知事の東大ゼミの1期生だった総務省専門官を県の課長級に起用することも明らかになった。これで、蒲島ゼミの同級生が相次いで熊本県の中枢を占める事になり、熊本を舞台にゼミの演習が始まる感じである。

議会が何を根拠にこの人事の妥当性を審議するかは不明だが、今の処、「副知事候補は、ずばぬけて聡明で、行動力があり、課長候補の中央官僚は、霞が関に多数いる自分の教え子の中でもベストの人材」、と言う知事の太鼓判以外の情報は見当たらない。意地悪く言えば、完全な密室、独断人事その物である。

この人事を異議無く受け入れたメデイアだが、岩波書店の「縁故」公募事件への対応は異常な程厳しかった。

有名とは言え、従業員が200人の中小企業である岩波書店が、2013年度の社員募集要項の応募資格に「岩波書店の著者か社員の紹介」を条件として明記すると、「コネ」採用ではないかとマスコミが異議を挟み、挙句の果て、小宮山厚労相に「早急に事実を把握したい」とコメントをさせるに至っては、善良なる私企業に対する報道テロに等しい脅しである。

問題にするのであれば、私企業の公募方式ではなく、合法とは言え、税金で支えられた県の要職に密室人事を絵に描いた様な選考をした蒲島熊本県知事の判断であるべきである。マスコミが、蒲島知事が元東大教授であったという理由だけで、独断採用に異議を挟まなかったとすれば許せない。

偏見と言えば、自治体の長が部下を任用する点では同じでも、橋下大阪市長が特別秘書を新設して、当時の私設秘書を起用する方針を市議会に提案した時や、日米両国の弁護士資格を持つ橋下市長の学生時代からの友人が、大阪市の校長公募に応じて合格した際は、選考過程が不透明だと騒いだ事も記憶に新しい。

地方公務員の採用は競争試験により選考されることが原則だが、任命権者に委任している人事はその限りではないと規定されているとの事なので、熊本の場合も大阪の場合も任命手続きに瑕疵は無く、校長の採用は競争試験を経て採用された訳だから、話題にするのは兎も角、問題にする事自体がおかしい。

偉大な政治思想家のトクヴィルは「民主政治とは、多数派(世論)による専制政治で、その多数派世論を構築するのは新聞だ」と考え「マスコミの質の低下は、大衆世論の腐敗・混乱を招く」と断じた事を思うと、本題のような一見くだらない課題も、国民がネットを通じてマスコミを批判する事が、民主政治の質を守る事に意外に役立つかも知れない。

報道に携わる人間は、最低でも「話題」と「問題」の違いが分かる常識を持ち、自分の判断基準を公開の場で弁護できる見識を持った人間であってほしい。

くどい様だが、熊本県、大阪市、岩波書店の採用方式は何も問題ないと考えている私だが、自分の偏見に基づいて世論を操作するマスコミに抗議するのが本稿の主旨である。

北村 隆司