現在進行中のAIJ事件と2008年にアメリカで発生した投資顧問詐欺のMadoff(マドフ)事件を比較してみると、色々な類似点が観察される。
犯罪の明確な意図
両事件の主犯者、Bernard Madoffと浅川和彦は、当初から一定の利回りを保障しようとした点で、Ponzi scheme -ねずみ講を念頭に置いて取引をしていたので、明確な犯罪の意図があったと考えられる。言い換えると、Madoffの場合、ファンドの成績には関係なく、年に一割といった一定の利回りに基づいて、解約者に資金を支払っていた点である。警察がMadoffを逮捕するために自宅へ行った時、彼が「いつかこの時が来ると思っていた」と囁いたことはよく知られている。逮捕の前夜にも、彼は家族に全てPonzi schemeだと告げていた。浅川和彦の手口を見ていると、最初から「投資顧問一任契約に基づいた正規のサービスを提供するという意図はなかった」と解釈される。その理由は、株式市場の動向とは関係なく、ファンドの成績を誤魔化して、それに基づき、資金の解約をしていたからである。
犯行の手口
犯行の手口は、極めて単純明瞭だ。投資顧問契約に基づいて、一定の金額を一任委託し、投資顧問業本来の投資活動をせずに、解約の顧客に対して、新規顧客から集めた資金を別の顧客の解約支払金に充当する「自転車操業」を繰り返していた。Madoffの場合、市場の動向には関係なく、大体年一割を成績のガイドにしていたようだ。顧客に送る3か月ごとの報告書には、株式市場の代表的な指標であるS&P 500のオプションを少しだけ売買したことになっていたようだ。取引は、全て子会社を通じて行っていた。SECも、表玄関の証券子会社だけ定期検査をしたが、投資顧問会社を検査しなかったので、犯罪が50年も続いたようだ。AIJの場合は、やり方が少し大胆で、原価の135倍の価格で金融商品を売買したり、かなり悪質な取引を継続していたらしい。裁判の過程で、もっと細かな犯罪の手口が判明するだろう。
共犯者
Bernard Madoff は、家族保護の観点から、犯行を自分だけに留めておこうとしていたようだ。しかし、息子のPeterとAndrewも彼が所有している証券子会社の幹部を長年していたので、彼等がBernardのしている犯行を、30年間も全く知らなかったとは到底考えられない。兄のMarkが、Bernard事件発覚後、2年経って自殺したのも、彼がある程度不正の事実を知っていたのかもしれない。実は、Madoffにも幾人かの競争相手がいた。彼等はMadoffが自分と同じような投資をしていながら、何時もプラスの投資成績を出しているのを不審に思った。そこで市場が下落した1992年、1996年、2006年についてMadoffの投資活動をバックテストをした。その結果、彼等はMadoffが「インサイダー取引」をしているか、成績をねつ造しているかのどちらかだという結論に達して、20頁にもわたる詳しい報告書をSECに送付したが、SECは何のアクションも取らなかった。AIJ事件は浅川和彦を含めた4人の幹部の共謀であると推測されている。3人の共犯者は、AIJ取締役高橋 成子、傘下のAIJ証券会社社長西村英昭、同取締役の小菅一である。
被害総額
AIJの被害総額は、現在判明しているものだけでも100億円だが、これが170億円程度まで拡大するようである。一説には2000億円だという説もある。便宜的に、為替を1ドル100円で換算すると、$100―$170million 程度になる。これに比べて、Madoffは、現在判明している額は約$50 billionだが、最終的には$65 billionという天文学的な数字に達するだろうと言われている。即ちMadoff事件はアメリカとヨーロッパを舞台にして発生したものであるに対して、AIJ事件は日本国内だけが舞台になっているからである。被害者数も、Madoff事件では、年金基金、投資信託、個人投資家を含めて4800件にも達しているのに対して、AIJ事件では僅か124の年金団体が被害を受けている。犯罪期間は、Madoff事件は1960年頃から始まり、2008年に事件が発生したので、その期間は半世紀にも及んでいる。これに対して、AIJ事件は、犯行期間が7年程度であると考えられる。Madoff事件の期間が、AIJ事件に比べて、7倍も長かった点も、被害が膨大になったことに関係しているだろう。
犯罪者の経歴
Madoffは、ニューヨークのロングアイランドにあるHofstra大学卒業後、小さな証券会社で営業の仕事をした。その後、義父からお金を出してもらって、小さな証券会社を始めた後、投資顧問業の領域に移った。この経歴から判断すると、彼はポートフォリオ・マネジメントの領域では、仕事をした経験がないということだろう。その点、AIJ事件の浅川和彦も横浜市立大学を卒業後、野村証券、ペインウェバー証券、一吉証券では、証券の営業をしていた点で、Madoffと似ている。
監督機関
Madoff事件の直接の担当機関はSecurities Exchange Commission(有価証券取引委員会)で、ニューヨークやボストン等の主要都市に支店がある。Madoff事件については、1990年代の半ばに、SECに対して疑問状や質問書が寄せられていたようである。ただ、MadoffがNASDAQの会長をしていたため、SECは彼を信用していて、何も調査をしなかったらしい。
AIJの直接の管理官庁は関東財務局であるが、証券取引委員会が最終的な管理官庁である。AIJに関しては、密告があったのかどうか判明していない。ただ、最後の数年は破産状態であったにも拘らず、新しい投資家から資金を受注していたことは事実である。その点からも、「犯罪の認識があった」と考えられる。
資金委託者の無知
両事件の資金委託者の無知と欲が、事態を悪化させている。特に日本の株式市場が低迷している期間に、その実態を全く反映しないような好成績の投資成績があれば、資金委託者はその担当者として、投資顧問会社に、投資方法や投資物件について、具体的に細かな投資実績を質問する必要がある。もしそれを実行していなければ、職務怠慢の批判を受けても仕方がないだろう。浅川和彦は、細かな投資の質問に対して「企業秘密」を口実に説明を拒否していたようである。そのような場合は、委託者は委任を止めてしかるべきだろう。投資手法や投資物件を委託者に説明するのは、投資顧問業者として、当然になすべき責務であるからだ。
犯罪防止
投資顧問業界で不正を完全に防止することは不可能だろう。医学と同じで、早期発見体制を整え、不正拡大防止に努める以外には方法がないだろう。会社の財務諸表に外部監査を必要としているように、投資顧問会社のパーフォーマンスにも、例えば公認会計士の外部監査を義務付けるのも一案かも知れない。これでも、不正を完全にすることはできない。経済犯の刑罰は、比較的軽微だと言われている。ところがMadoffは150年の判決を受けた。現在73歳の彼が刑期を完了するまでには、命があと2つぐらい必要だろう。言い換えてみれば、彼は終身刑を言い渡されたのに等しい。AIJ事件で、現在の容疑者が有罪になれば、どのような刑罰が言い渡されるかは、大変興味あるところである。
2012年7月11日 ミネアポリス市にて
中谷 孝夫(なかたに たかお)
View from Lake Minnetonka ミネトンカ湖畔からの日本観察記
在米45年の元ウォール街の証券アナリスト
著書「アメリカ発21世紀の信用恐慌」2009年刊行
編集部注:投稿原稿では「Madoff」を「メードーフ」としていましたが、日本では「マドフ」のほうが使われているので編集部判断で修正しました。