反ポピュリズム論 (新潮新書)
著者:渡邊 恒雄
販売元:新潮社
(2012-07-17)
販売元:Amazon.co.jp
★★★☆☆
著者は読売新聞グループの「ドン」として傲岸不遜な言動で有名だが、本書の内容は意外にまともだ。特におもしろいのは、自自連立をしかけたり、福田政権で小沢一郎氏との大連立を仲介したりした話で、「政治ブローカー」として暗躍した内幕を明かしている。言論機関のトップがその影響力を特定の党派のために利用することはルール違反だが、著者は「政治を安定させるためにやったこと」と悪びれる様子もない。
政策についての著者の主張は、正論も多い。特に財政危機の中で「増税反対」で人気を得ようという風潮がワイドショー的なポピュリズムだ、という批判は当たっている。朝日新聞の「原発ゼロ」キャンペーンが「実現可能性を度外視した夢物語」であり、「プロメテウスの罠」などの放射能への恐怖をあおる報道が有害だという指摘も同感である。
辛辣なのは、民主党政権の「政治主導」への批判だ。菅直人氏は2009年の政権交代のあとになっても「国家予算が、たとえば総額90兆円になるとしたら、マニフェストで国民と約束した7兆1000億円を最初に計上する。残った額から、必要なものを充てていけばいい」と書いている。このように予算編成の実態も知らない素人集団が霞ヶ関を敵に回した結果が、無駄の削減どころか自民党時代より20兆円も膨張した国家予算である。
だからかつての自民党政権のように官僚機構をコントロールできる政権ができないと、財政破綻は避けられないという著者の問題意識はわかるが、他方で「社会保障こそ最良の投資だ」などと矛盾したことを書き、小泉政権の「新自由主義」を批判している。このあたりは率直にいって、経済学の勉強が足りない。読売の解説部の記者が、負の所得税などについてご進講したほうがいいのではないか。
橋下徹氏を「ポピュリズムの典型」として近衛文麿に比較するのはおもしろいが、具体的に何を批判しているのか、はっきりしない。「維新八策」については、TPP参加や憲法改正など主要部分に賛成しているのだから、基本的にはそれほど違いはない。橋下氏の駆使する「ネット・ポリティクス」がけしからんという程度の話なら、著者もツイッターをやってみてはどうだろうか。強権的な手法は似ているから、意外に話が合うかもしれない。
全体として、日本を代表する新聞の主筆の政治的な意見が常識的であることには安心するが、86歳の彼がいまだに現場を言論統制しているのはよくない。読売が原子力問題などで正論を書いても「主筆の命令で書かされているのだろう」と思われ、信用されない。ポピュリズムに走っている朝日に対して読売の正論が発言力をもつためにも、ここらで引退してはどうだろうか。