日本の半導体産業は何処へ?

松本 徹三

DRAMメーカーとして世界第3位だったエルピーダメモリの破綻から時を措かずして、今度はマイコンやシステムLSIのメーカーとして世界第5位のルネサスエレクトロニクスの苦境と大規模なリストラ計画の報道がなされた。一方では、システムLSI大手の富士通が三重工場の売却を米国のGlobal Foundryや台湾のTSMCと交渉しているらしいとのニュースも入ってくる。一体これから日本の半導体産業はどこへ行こうとしているのか、全く先が見えない状況だ。


かつて半導体は日本のお家芸と見られており、一般の製造業が発展途上国に追い上げられても、このような先進分野にシフトしていく事で、日本の産業経済は世界の中で強い競争力を維持して行けると見られていた。現実に、1988年の時点では、世界の半導体市場の中で日本メーカーのシェアは50%を超えていた。それが現在は全く様変わり。元気の良いニュースは概ね米国、韓国、台湾(中国)発のニュースであり、日本からのニュースは殆どが暗いものばかりだ。最も将来性があると見られている「情報産業」を支える半導体の現状がこれでは、日本経済の将来性についても暗い気持にならざるを得ない。

1980年代の終りから1990年代にかけて、日本国内では東芝、日立、NEC、富士通、三菱電機の5社がほぼ横並びで、各社とも基本的に「何でもこなせる事」を売り物にしていた。業績はと言えば、各社とも景気の波にそまま連動して、好況時には10-20%、不況時には0-10%の利益を上げる「見事なまでに一致した曲線」を描いていた。各社が設計から製造までを一貫して手掛けられる技術力を持ち、各分野の技術を社内で「摺り合せる」事が出来る点が、海外メーカーには真似の出来ない強みであると信じられていた。

製造技術の面でも日本には強みがあった。先ず、半導体産業には欠かせない「クリーンルーム」にいついては、何事も徹底する日本人の強みが十二分に生かされて、世界をリードする立場にあったし、微細な精密加工を必要とする半導体製造装置についても、日本メーカーが世界をリードしていた。それでは、何が理由で日本メーカーはかくも急速に競争力を失ってしまったのだろうか?

その間経営の任にあった人達には色々な言い訳があるようだ。「円高」や「災害」に始まり、「韓国や中国では不公正なまでに国の支援が手厚い」「米国が日本製OSのトロンを邪魔した」「NTT等の通信会社に世界に通用しない規格を押し付けられた」「DRAMが斜陽化した時に一部のジャーナリストがDRAMを捨ててSoC(システム・オン・チップ)に転換する様に各社を煽った」等々だ。しかし、こんな言い訳は聞くだけで恥ずかしい。一々反論していてはきりがないので、ここでは敢えて論評しないが、経営者の仕事は「如何なる環境下でも結果に対して責任を持つ」事なのだから、言い訳のネタを探している段階で既に「経営者失格」であることを自認しているに等しい。

日立とNECのDRAM部門がエルピーダメモリを作り、日立と三菱がルネサステクノロジーを作り、これに後にNECも参画した事についても、社内での勢力争いや不毛な議論の多発を例に挙げて「組織の併合自体が間違いだった」と決め付ける人達もいる様だが、それでは、「この様な合併なしに、各社はどのような将来像が描けたのか」と問えば、誰も答えられない。私に言わせれば、この様な合併や統合はむしろ遅すぎたのであり、社内で勢力争いが絶えない等という事は、単なるガバナンス能力の欠如に他ならない。

米国の調査会社ガートナーの本年4月12日付のレポートによると、世界の半導体産業の2011年の市場規模は前年比微増(1.8%増)の3,068億ドルだったが、その中で、首位のインテルは、前半は堅調なPC需要に支えられ、後半はサーバ用のマイクロプロセッサー等が伸びて、売り上げは実に20.7%増となった。2位のサムスンもDRAMでは苦戦したものの、NANDフラッシュメモリーやワイヤレス機器用のASIC等が伸びて、世界平均よりはやや高い伸び率を確保したと言う。これに対し、第3位の東芝は、前年比4.8%の減で、第4位のTIには辛うじて僅差をつけたが、インテル、サムスンの2強にかなり差をあけられた

世界市場シェアで大きくランキングを上げたのは、スマートフォン用のチップを飛躍のバネにしたクアルコム(米)で、前年比38.8%の伸びで第6位につけた。ちなみに、10位以内にランクされている他の会社で売り上げが前年比で増えたのは、同じくワイヤレスに強いブロードコム(米)の8.4%増だけだ。

ここで注目すべきは、クアルコムやブロードコムを始めとして、高性能のNPUで躍進が期待されているNVIDIAなどの新興のチップベンダーは、何れも製造設備を持たないファブレス会社であるという事だ。つまり、巨額の売り上げを誇るインテル、サムスンの二大ベンダー以外は、製造に特化したファウンドリーに製造を委託するのが一つの時流になっているという事である。動きの激しい最先端の高機能チップの分野で特にこの傾向が顕著なのは、開発者がその為の製造施設まで自力で作ろうとしたら、時間もかかり過ぎるし、リスクも過大になる事がよく理解されていからだろう。

ファウンドリー、即ち「受託半導体製造業者」の市場規模は、2011年で298億ドルとの事だから、半導体産業全体の市場規模から見ればたかだか10%の規模だが、2009年から2010年の間にはこの分野での売り上げは40.5%も延びた。2010年から2011年の間は色々な要因で成長率は5.1%に鈍化したものの、なお成長力はあるように思える。この業界で圧倒的な力をもっているのは台湾のTSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)であり、この会社の業界内での市場シェアは、2011年の統計では、何と48.8%にまで及んでいる。前出のクアルコムも、ブロードコムも、NVIDIAも、主としてこのTSMCに製造を委託している。

TSMCの創業は1987年だから、日本の半導体業界が世界市場の50%近いシェアを握って我が世の春を謳歌していた頃の事だ。現実にはあり得ない事だったろうが、もし日本の半導体業界に本当に先を読める人がいたら、少なくともTSMAの創業開始の10年後の
1990年代の終り頃には、「日本にもASICやシステムLSIを中心に受託製造を専業にする会社があっても然るべきだ」という考えを持ったとしてもおかしくはなかっただろうと思う。

ちょうどその頃は、DRAMのビジネスが難しくなり、「これからはSoC(システム・オン・チップ)だ」という掛け声の下に、各社が一斉にこの分野への投資を進めていた時期だったのだから、もし「SoCの本質」、即ち「メモリーの様な一律の製品ではなく、それぞれの業界のニーズを先読みしたユニークな製品を開発しなければ、世界市場では勝てない」という単純な事実を、各メーカーが本当に理解していたなら、各社が共同でファウンドリーを1社作り、各社はそれぞれの専門分野に特化していく道が選ばれていても良かっただろう。

これを阻んだのは、結局は「日本の企業文化」だったような気がする。即ち、みんなが「横並び」を志向し、結果として「誰も突出した利益は上げられそうにはない」のに、「自前で何もかもやりたがる(他社に遅れたくはない)」という現象が癌だったと思えてならない。「突出した利益」がなければ大規模な投資は不可能になり、その上何でも自前でやろうとすれば、国際的競争力を維持する事などは夢のまた夢となるのは自明の理なのに、誰もその流れを断ち切ろうとはしなかった。

敗戦で全てを失った直後の日本人は、失うものが何もなかった。だから、「自分がこれと思い込んだ事は何が何でもやり遂げる」という気迫があった。しかし、日本がある程度の成功を収めた後は、その立役者だった大企業では世代交代が進み、社内のトーナメント戦を着実に勝ち抜いてきた新しい経営者は、「諸先輩が築き上げてきたものを守る」という防衛本能に捉われているかのようだ。だから、ひたすら「批判」を恐れ、「衝突」を恐れ、「リスク」を恐れるのではないだろうか?

日本的な経営のもう一つの側面としては、「社内には多くの『権威者』がいるが、彼等を抑える『本当の権威者』(真のCEO)はいない」という事がある。そして、この問題の裏には「文科系(業務系)と技術系の分離」という不可思議な慣習がある。文科系のトップは、例え社長(CEO)であっても、技術系のトップに遠慮し、技術系のトップがやりたがっている事を、長期経営戦略の観点からバッサリと切り捨てるような事は、通常やらない。そうなると、技術系のトップは「どちらの方策の方が技術的観点から見て優位か」という判断を求められるだけでなく、「会社として何をすべきで、何をしてはならないか」という判断までも実質的に任されてしまっている事になる。

これに加えて、日本の企業文化のもう一つの問題として、伝統的な「親分子分システム」がある。組織の長は部下に絶対服従を求める見返りに、部下の将来の栄達を保証しなければならない。子分達は、どうすれば親分の社内での勢力が強くなるかに腐心し、親分は、自分が組織のトップになれば、かつての子分達がその組織の中で幅を利かす事が出来る様に配慮する。つまり、上も下も、能力による適材適所の人事よりも、仲間内の利害を優先してしまう傾向があるのだ。

だからこそ、他社との合併などは、よほど追い詰められない限りは、彼等の眼中には入らない。そして、大規模な合併や組織統合があった時は、その組織のトップに誰が座るかを含め、「取り敢えずの人事」に関係者の全ての精力が傾注される。

話を半導体の事に戻そう。ルネサスに続いて富士通でも、「システムLSIを製造する三重工場を外国企業に売却し、自らは設計・開発に集中、更に進んで、ルネサス、パナソニックとその分野の仕事を統合し、選択と集中で効率化を計る」という構想が進んでいると聞く。これは大変良い事だとは思うが、実際にそれがうまく行くかどうかについては疑問も残る。

製造部門は外国企業に任せてしまうのだから、経営体制はそれですっきりするだろうが、設計・開発部門の統合は、前述したような「日本の企業文化」が原因となって、なかなか上手く進まないのではないかという危惧が拭えない。お互いに角を突き合わせていては何も前に進まないのは勿論だが、逆に、お互いに遠慮し合い、お互いの顔を立てあうような事ばかりしていても、世界での競争にはとても勝てるとは思えない。

システムLSIは、最も競争の激しい分野だ。市場の動向を先読みし、斬新なアイデアに賭け、思い切った投資を行って、他社を圧倒的に引き離す。こんな事は言うは易いが、実際には気の遠くなる程難しい事だ。こういう仕事は、天才的な閃きをもった指導者を必要とするが、日本ではそういう人材はなかなか得難い事を考えると、前途は多難だと考えざるを得ない。

唯一つ、日本メーカーにも最後のチャンスがあるように思える事がある。それは、システムLSIの世界では、今や「アーキテクチャーの革新」以上に「製造技術の革新」が求められているという事実だ。これまでの半導体製造技術は、ひたすらシリコンの表面をより細かくエッチングする事に注力してきたが、これは最早限界に近づいて来ている。また、「同じLSI上にCPUのコアをいくつも並べ、これを並列に動かしてソフトウェアで制御する」という方法も、電力消費面で大きな壁に直面しつつある。

しかし、全く新しい半導体技術が、「システムLSIを立体構造で作り上げる」事を可能にしていけば、システム全体の処理能力を飛躍的に向上させつつ、消費電力を飛躍的に下げる事も可能になるだろう。汎用CPUの上で動くソフトに全てを委ねる事をやめ、電力を消費しないハードロジックにより多くの仕事をさせる事も、やり方次第では可能になるだろう。そうなれば、半導体技術全体が、現在の閉塞状況を打ち破り、「次なる大きな飛躍」へと向かう事が出来るかもしれない。

この流れの中で、誰がどのような形で主導権を取るのかは、まだ全く見えてはいないが、この流れの見極めがつくまでは、日本の各プレーヤーも、大きな野望を捨ててしまうのは早計だと思う。劣勢におかれたプレーヤーは、強い執念さえ持っていれば、既存の成功者以上に一発逆転のチャンスを捉え易いからだ。