世界のエネルギー需要と日本の役割(続々編) --- 今泉 武男

アゴラ編集部

前回までは、2050年の世界人口90億人時代を見据えて、人口が減少していく日本の視点ではなく先進国並みの生活水準を求める新興国の視点から、基幹エネルギーの候補として『本質安全を追求した次世代原子力』と、そこに震災を経験した日本の貢献の余地があることを個人的見解として述べた(国内の再生可能エネルギーを節度ある政府支援のもと補完的に位置づけることに異論はない。但しエネルギー比率の無理な設定は市場経済下では困難と思う)。


また、CO2増加による地球温暖化には様々な意見があるが、数々の客観的なデータ(事実)を直視せず懐疑的な態度を取り続け、今世紀後半に地球規模でのカタストロフィックな気候変動を惹起させてからでは後世の人々から安全神話の崇拝だったと非難され、想定外とは言い訳できないだろう。発電に次ぐCO2発生源である車のガソリンから電気へのシフトも供給電源の脱化石化と併せて取り組む必要がある。

さらに国内製造業は市場環境の悪化(需要減少、円高継続、高法人税率、電気料金高騰)から製造設備の海外展開を加速しており、既に過半が国外資産という企業も少なくない。海外での安定した電力への要求は直近の日本企業にとっても経営を左右する重要課題である(例:最近のインド大停電)。

そこで今回は21世紀とはどういう時代なのかを俯瞰的に捉えることから、エネルギー問題を考える際の普遍的・客観的な視座を皆さんと共有したい。

21世紀は先進国の『成熟期』と新興国の『成長期』が同じ地球上で混在し共存しあう時代である。そこでは文明や宗教や文化の対立の負の局面も発生するが、経済的な面では『成熟市場ビジネス』と『成長市場ビジネス』の機会が同時に生まれる正の局面も発生する。如何にして対立の局面を対話の局面に転換し、人類全体として物質的・精神的な豊かさを追求していくかが課題である(衣食足りて礼節を知る世界)。

今後、先進国は環境や都市問題、少子高齢化等の課題に先行して取り組んでいくと共に、新興国に対しては自ら歩んできた道程の教訓を伝えなければならない。一方、新興国は先進国の発展過程から多くの教訓を学び取り、同じ過ちを繰り返さないようにしつつ、いずれ訪れる将来の成熟期に対する備えも意識しなければいけない。それが人類の学習能力であり知恵というものだろう。

末尾の文献3)に詳しいが、世の中の事象は[成長][限界][遅れ][衰退]の各フェーズからなるモデルとして捉えられる。幾何級数的な成長はいずれそれを阻む制約条件にぶつかり、そのシグナルを検知しても実際の対応が遅れることによりシステムは不安定となって一気に崩壊するか不可逆的に衰退する。これは人口、エネルギー、工業生産、食料、土壌、水、農地、森林等の人間生活に関係したあらゆるリソースや社会現象一般にも当てはまる。

これを人間にとって望ましい形に変えて(コントロールして)いくには、経済的・社会的・生態的なシステムの因果関係と構造を知り(フローとストックの関係、フィードバックや閾値)、その根底にある原理・原則(メンタルモデル、価値観)まで遡ってシステムの構造を意志をもって変えていかなければならない。成長の限界を生む制約条件に対しては技術的な手段によりこれを解消するか条件を緩和することである。エネルギー問題では効率的な再生可能エネルギーや革新的な蓄電・送配電技術の実現、安全な次世代原発の開発があるだろう。

もうひとつは意図的な成長自身のコントロールであるが、価値観の議論が伴う困難な課題かもしれない(例:産児制限による新興国の人口抑制)。いずれにせよ目指すべきは外部的に安定し内部的に最適化された『動的均衡社会』であるだろう(例:省エネ、省資源、消費行動の改善、外部不経済のコスト化、農業生産の拡充、工業製品の長寿命化、etc.)。

21世紀前半に生きる我々は、エネルギーにおいて21世紀後半までを意識した持続可能で現実的な手段を準備する義務と責任がある。生まれた時代と場所に個人の幸・不幸が決定的(絶望的)に左右される現実のなか、豊かな時代と場所に育った我々はその幸運に感謝するとともに、経済的活動によって非合理を合理に変え、倫理的活動によって不条理を条理に変えていくことが、この世に生きた証になるのではないだろうか。政府・専門家・マスコミは、エネルギー問題を大局的な視点から人類的なテーマと捉えて国民を啓蒙して欲しいものである。

【参考文献】
1)宇宙船地球号 操縦マニュアル:B.フラー
2)文明の衝突と21世紀の日本:S.ハンチントン
3)成長の限界 人類の選択:D.H.メドウズ他
4)地球の論点 現実的な環境主義者のマニフェスト:S.ブランド
5)Vision 2050 The new agenda for business:WBCSD

今泉 武男
電機メーカー