Keynesは、賃金の下方硬直性など言っていない。
それはアメリカン的な単純化による一般理論の便宜的な解釈だ。
それが教科書などにより広まったのは大きな問題だ。
Keynesはむしろ逆に、賃金が下がると失業が増える可能性もある、と言った。
逆なのである。
しかし、賃金が下がるとなぜ失業が増えるのか?
1.賃金が低すぎて、自発的失業が増える
というものが考えられるが、これなら理論的にも古典派(Keynesのいう古典派)の言うとおりで問題はない。ただし、現実にはこういう社会は問題が大きい。現在の中東の産油国はこれに近い状況で、若者がつらい仕事は面倒なので、カネには困っていないので、働かない、という社会問題が起きている。広い意味では、日本も同じ状況である部分があり、人的資本の蓄積を促す長期コミットメントを必要とする職業や職種、労働条件を拒否しているとも言える。
しかし、いずれにせよ、大恐慌の時はこれは当てはまらない。(くどいが、理論的、政策的にこのような失業があり得るということは重要である)
そこで、別の可能性としては、
2.質の高い労働力が確保できなくなり、生産活動を諦める
という1980年代的な解釈もあり得る。つまり、全体の賃金が下がってしまうと、上に上げたような自発的失業者になる人々が一部現れ、彼らは、より知的であるなど、何らかの意味で、より生産性が高い労働者だとすると(経済活動だけでなく、他の分野でも優れているので、それを優先する。芸術活動や社会貢献などを生活の中心にすることや、ある意味、子育てに移るのもこの観点から捉えられる)、労働の質の低下が起こる。これはアドバースセレクションとなり、レモンの市場と言え、労働市場が成り立たなくなる。
しかし、大恐慌の時は、このような繊細な問題ではなく、もっと有無を言わさない失業が問題だったはずで、次の考え方が一番当てはまるだろう。すなわち
3.賃金が下がると所得が下がり、消費が減る。そうなると企業は生産をしても売れないから、生産を止める。すると、雇用が減り、失業率が上がる。
不況スパイラルである。いわゆるデフレスパイラルと似ているが、デフレの場合は、一般物価から企業の収益の流れで語られるが、こちらは賃金から所得への流れがメインである。
これはKrugmanが現在の本で繰り返し主張していることではある。
そうなると、Krugmanは、ある意味で正しいのか。
部分的には、デフレスパイラル、不況スパイラルが起きると困る、という議論は正しい。正しすぎて、それを主張するのは、普通は意味がないと考えるのであるが、彼はそれを繰り返し主張するだけでミリオンセラーになるのだから、ビジネス的にはやらない手はないだろう、ということか。
それはともかく、金儲けすること自体は、全く問題ないが、問題は、じゃあ、この流れを止めるためにはどうするか、という処方箋、政策提言である。
これが誤っており、政府や世論をミスリードするのは大きな罪だ。