経団連自然保護協議会顧問
影響を増す経済への環境配慮
貧困のただなかにある人達は世界の大企業をどうみるだろうか。あるいは、貧困撲滅が最大の政治課題である途上国政府は世界の大企業をどうみるだろうか。
筆者の泊まったホテルはファベーラにほど近く、隣のビルは廃墟、インターネットはつながらず、英語の新聞もなく、シャワーのお湯は鉄管のさびで真っ赤、というところだったのだが、それでも地元住民から見ればスーツ姿のエリートのみが出入りする別世界である。
ましてや、大企業のCEOの集まり「ビジネスデー」(注1)の会場地域となると、欧米の超一流ホテルが並ぶ町並みと全く同じ。そして、彼らCEOの経営する大企業がアマゾンの原住民を追い出し、熱帯雨林を切り倒し、地下資源を掘り出し、河川を汚染している、として抗議の対象となっている。(注2)
今回の合意文書では、このような世界の大企業の責任を問う条項(パラグラフ47)が入った。企業報告書(日本でいえば有価証券報告書)の中にサステナビリティに関する情報を含めるよう促す、というものだ。
ブラジルのルセフ大統領は、今回の合意文書のハイライトを紹介する演説の中で、この企業報告書の件もしっかりと言及した。
ブラジル政府はまた、デンマーク・フランス・南アフリカと連帯し「パラグラフ47友の会」を結成(注3)、今後この課題にリーダーシップを発揮する意志を示した。
日本の多くの企業が「うちはサステナビリティレポートを出しているからOK」と思うかもしれないが、ここで言うサステナビリティのカバーする領域はもっと広く、合意文書の「持続的発展と貧困撲滅の文脈」全てが対象になると考えておいた方が良い。
さらに、合意はされなかったがリオで話題となった多くのこと、例えば 「自然資本宣言」(注4)なども、今後俎上に上ってくると覚悟した方が良い。
「持続可能性」が経営課題になる
このような流れを大企業のCEOはリオでどのように受け止めたのか。
代表例としてユニリーバのポール・ポルマンCEOが「自然資本宣言」公開の席上で行ったスピーチをガーディアン紙が報道しているので引用しよう。(注5)
「合意文書は底辺を目指す競争だった。…
「どの国の政府も地球問題を国内政策に落とし込めない。…
「批判ばかりしていても始まらない。…合意文書には良い要素がある。…
「海洋に関する宣言が入った。… 企業の役割も認知された。…
「合意文書は成程不十分だ。…
「合意文書の弱点こそ企業がダントツの貢献ができる場所だ。…
「企業が政府の先を行く、そういう面白い時代となった。…
「目に見える個別具体的プロジェクトから始めよう。仲間が増え、臨界点に達する。…
「消費者ともっと語ろう。…
「投資家にもっと上手く説明しよう。…」
この最後の部分が、パラグラフ47に対応する。
ポール・ポルマン氏は、現在WBCSD(注6)の副会長。論客であり、「我々こそ企業報告書問題に先見的に取り組まなくてはならない」と積極的に発言している。
なぜユニリーバはそんなに持続的発展ならびに企業報告書に熱心なのか。答えはガーディアン紙に掲載されたポール・ポルマンCEOの別の発言にある。
「統計を見れば分かる。このままでは消費財セクターは2050年までに消滅してしまう。」
ユニリーバは世界有数の冷凍魚輸入企業である。漁業資源の枯渇は直に同社ビジネスの根底を崩壊させる。だから海洋資源保護に関する宣言が合意文書に入ったことを歓迎しているのである。
持続的発展を語る者の間では今や古典となったジャレド・ダイアモンド著・楡井浩一訳『文明崩壊』草思社(2005) p.300-305 を読むと、ユニリーバがWWFと組んでマリン・スチュワードシップ・カンシル(MSC:持続可能な漁業で捕獲した海産物であることを証明する機関)を立ち上げた経緯が紹介されている。
この著名な先進的企業は、何も「地球愛」に溢れているから漁業資源保護活動に立ち上がったのではない。自らの存続のためである。
更に、日本の大企業には余り見られないメンタリティだと思うが、規制を先取りすることで同業他社を出し抜こう、という強い意志が見られる。例えばMSFマークが貼ってある冷凍魚購買数の全体に占める割合を企業報告書に表記することを義務付ければ、資金調達の面で競合他社に対して優位に立つことができるのだ。
これらの「自己愛」行動は、なんら非難すべきことではない。日本人の大好きなピーター・ドラッカーが次のように喝破しているではないか。(注8)
「社会へのインパクトの除去はコスト増を意味する。… したがって、同業他社が同じルールに従わなければ競争上不利になる。同じルールの受け入れは、規制つまり何らかの公的権力の行使によってのみ実現される。… 最小のコストと最大の利益をもたらす規制の方法を他に先んじて検討することが、マネジメント上の責任になる。その立法化をはかることが、マネジメント上の仕事になる。これまでは、企業に限らずあらゆる組織のマネジメントが、この責任をおろそかにしてきた」
企業報告書の検討は、このような「マネジメント上の責任と仕事」に目覚めた先進企業がリーダーシップをとり「パラグラフ47友の会」などと連携しつつ進められるのであろう。
「グリーン経済」とは弱肉強食の競争社会なのだ。WBCSDの初代事務総長ビョン・スティグソン氏が指摘したように、むしろ「グリーン競争」という表現の方がふさわしい。
日本企業は、このような先進企業から学び、「自己愛」に目覚め、世界的視座をもって「グリーン競争」を勝ち抜いて欲しい。市民社会もそれを応援してほしい。
日本は資源エネルギー小国である。日本人が後悔の念と共にモラレス大統領の警告を思い出す日。そんな日が来ないことを、祈る。
脚注)
(注1)研究機関IISDによる「リオ+20 ビジネスデー」の要旨(英語)
(注2)英紙ガーディアンによるアマゾンの環境のリポートと写真
(注3)UNEP・FI(国連環境計画金融イニシアティブ)による「パラグラフ47」をめぐる国際協定のプレスリリース
(注4)自然資本宣言。金融界における環境への配慮を行った宣言。UNEP・FIの主導で作られた
(注5)英紙ガーディアン記事「地球を守るユニリーバの取り組み」(英語)
(注6)World Business Council for Sustainable Development:持続的発展を経営理念とするCEOの集まり。1992年のリオサミットを契機として生まれた。
(注7)MSC:持続可能な漁業で捕獲した海産物であることを証明する機関のホームページ
(注8)『ドラッカー365の金言』P.F.ドラッカー著 ジョセフ・A・マチャレロ編 上田惇生訳ダイアモンド社(2005) p.188
(2012年8月20日掲載)