関啓一郎
東京大学公共政策大学院教授
(GEPR版)
C&C、B&CそしてE&Cへと時代は移る
かつて、1970年代後半から80年代にかけて、コンピュータと通信が融合すると言われていた。1977年に日本電気(NEC)の小林宏治会長(当時)が「コンピュータ技術とコミュニケーション技術の融合」を意味する「C&C」という新しい概念を提示し、当時の流行語になったのを覚えている人も多いだろう。
このころ、電機メーカーでは、沖電気のS&S(Soft and Service)、東芝のE&E(Energy and Electronics)など、「○&○」という標語がはやったものだ。
C&C(Computers and Communications)は、95年のWindows95の登場でインターネットへの接続が容易になり、2000年代初頭の常時定額ブロードバンドネットワークの普及で、完全に現実のものになった。今では、企業用はもちろん、個人用でもスタンドアロンのPCにお目にかかることはほとんどない。コンピュータは端末やサーバのようなネットワークの構成要素になっているのだ。
2000年代にはB&C(Broadcasting and Communications)、すなわち通信・放送融合の時代が来ると言われた。通信(狭義)は電話のように一対一、放送は放送会社から視聴者に番組を送る一対多数の通信(広義)であるとされていたが、インターネットのWEBなどの登場で、その境界が曖昧なったからだ。
B&Cも2010年に融合法制の整備がなされ、2011年7月23日(一部被災地は2012年3月31日)のアナログ放送終了により、ネットワークの融合面は完了した。放送のデジタル化で、インターネットとの融和性が高まったため、今後は、番組内容・サービス面での融合の進展が期待されている。さまざまな分野から取組みが進んでおり、利用者としては今後の展開が楽しみだ。
通信・電力の融合の新潮流、社会変革への期待
さて、C&CやB&Cに続くトレンドは、電力と通信の融合、E&C(Electricity [又はEnergy] and Communications)である。
従来から、地球温暖化対策としてのCO2削減のために、省エネ・省電力の必要性が叫ばれていた。この省電力の問題は、2011年3月11日の東日本大震災と津波の発生による原発事故により、原子力発電への信頼性が揺らいだ今日、より一層深刻に取組むべき課題となっている。そこで情報通信により電力の需要・供給をコントロールすることが必要になったわけである。「スマートグリッド」と呼ぶものだ。
電力会社が自らの電力供給量のコントロールをすることは以前より行ってきた。そのための情報通信網も電力会社自らの手で整備されてきた歴史もある。電力供給指揮所を訪問すれば、電力供給が滞ることがないような情報通信技術の粋を見ることができる。
だからこそ、通信自由化の際に、電力各社は通信子会社を設立して容易に情報通信分野に参入することができたのだ。単に電柱や管路を所有していて通信ネットワークを構築する上で有利だということだけでなく、光ファイバーを始めとして通信設備とその運用に必要な技術陣を擁していたわけである。
今でもNTTの強力なライバルとして、関西電力系のK-Opticom、四国電力系のSTNet、九州電力系のQTNetなどがそれぞれの地域で存在感を持っている。ちなみに、東京電力系のパワードコムと中部電力系の中部テレコミュニケーションは現在ではKDDIに買収されている。
電力の需要面について、電力会社は、工場などの大口利用者との協力体制を築いている。つまり、契約で料金を安くするかわりに、電力消費のピーク時に使用量を抑えるなどの体制ができている。
重要課題「節電」への応用
残っている課題は、一般家庭・一般企業のような小口利用者の需要状況を把握・制御することができていないことである。ここにスマートメーターを始めとした情報通信技術を用いる必要があるわけだ。
適切な需給バランスを取るためには、何よりも、各利用者の電力使用状況をリアルタイムで把握することが必要であるが、それにはネットワークに接続されたメーター計が必要だ。さらに、小口利用者も含めて、電力の需要量とその変動を予想し、電力消費量の抑制を図るためには、電気を用いる個々の機器の使用状況を把握し、そのデータを分析することができればよい。
電力会社が言うHEMS(Home Energy Management System)あるいはBEMS(Building Energy Management System)と呼ばれるものだ。家庭やビル内にあって機器の電力消費量を表示したり、遠隔的に運転を制御したりすることができる。利用者に対し、各利用者・個別機器ごとの電力使用量を可視化し、加えてピーク時の供給力情報を提供すれば、大いに節電の協力を期待することができるだろう。
エネルギー見える化につながる「テレビ」
以上は電力側の節電の必要性から電気機器のネットワーク化の必要性を見てきたが、これを情報通信側からも見ることができる。
「情報家電」、あるいは「デジタル家電」という言葉を聞いたことがあると思う。これは、ネットに接続された家電製品のことだ。スマホ・携帯、テレビ、オーディオ機器など、日常生活で使用されるものだ。
ネットワーク化することにより、映像・音楽などの情報を共有し、操作も一つのリモコン、スマホ、タブレット、PCなどの端末から簡単にできるとされている。家電製品結ぶ家の中のネットワークはホームネットワークあるいは家庭内LAN(Local Area Network)と呼ばれている。
家電メーカーや通信事業者は、従来は、情報系の家電、すなわちオーディオ・ビジュアル系機器を中心にホームネットワークを考えていた。だから、無理に情報系機器にするために、インターネットが扉についた冷蔵庫や、ネットでレシピを表示する電子レンジなどというものが開発されていた。またネットにつなぎたいとの思惑から、モバイル端末で、外出先からご飯を炊いたり、風呂を沸かしたりというニーズも後付けされてきていた。家を出た後に鍵をかけるのを忘れたのに気付いてモバイル端末で施錠する、なんていう状況ならわかるが、炊飯や風呂ならタイマーのセットで足りるところだ。
しかし電力の使用量を可視化し制御するためには、オーディオ・ビジュアル系の機器だけでなく、すべての電気製品をネットワーク化することが必要となる。電力制御の必要性で、ホームネットワーク(電力側からはHEMS)の現実的必要性が見えてきたわけだ。これは情報通信側にとっても大きなビジネスチャンスとなる。
ネット化によりテレビの役割も変わる。電力使用量のリアルタイムでの把握・可視化、機器の遠隔制御だけでなく、データ伝送や稼働状況全体を管理するホームサーバのディスプレイとなるだろう。また、通信・放送融合の端末として、双方向かつネットもテレビ番組も見られる新サービスを実現する「スマートテレビ」の役割も担う。
電力消費量や各種機器の稼働状況を人間が見て操作するなどの画面(ディスプレイ)として、家庭内の操作装置(マン・マシンインターフェイス)の中心となるのではないか。かつて日本の産業界の花形だったテレビは、「コモディティ化」が進行して、各メーカーとも価格低迷に悩まされている。関係者の誰もがその生まれ変わりを模索している。「ネット融合」端末だけでなく「エネルギー」という切り口で捉え直してはどうだろうか。「スマートテレビ」へ進化させるのだ。
通信自由化の経験は電力自由化に活かせる
電力分野と情報通信分野の相互乗入れは、今後進むと予想される電力の自由化とも関連してくる。電力事業は、電力を作る「発電」、発電場所から利用者の近くに運ぶ「送電」、個々の電力の利用者に分配する「配電」という3分野にわかれる。
同じネットワーク産業である電気通信事業では、「発電」に相当する部分は個々の利用者が通信内容を作るので構造が異なるが、発信地から受信地の近くに通信内容を運ぶ「長距離回線」、個々の受信者に届ける「加入者回線」の構造は送電と配電によく似ている。運ぶ内容が個々に異なる「通信事業」と違って、内容が均一な「電気事業」の方が競争は容易だろう。
電力では、所有分離、法的(構造)分離、機能分離などの発送電分離の議論が始まった。通信分野では既に1985(昭和60)年の日本電信電話会社法・電気通信事業法の施行で、電信電話公社の民営化と市場開放が始まり、その後の競争の歴史により、公正競争のための様々な非対象規制(市場支配力がある事業者だけを規制する手法)が設けられてきた。その中で、競争が生じにくい加入者回線の開放・アンバンドル(抱合せ販売禁止)・接続料金の設定などの措置が講じられている。
電気事業各社は通信分野への参入により、NTTに競争を挑む新規事業者としての経験を積んでいる。すなわち、公正競争の促進のためにどのような規制が必要なのか十分に理解しており、電力分野では挑戦を受ける既存事業者の立場で、この経験を生かすことができる。
他方、NTTグループも、情報通信市場での自己の地位を守る立場での経験を積んでおり、それを電力分野参入に生かすことができよう。KDDIやソフトバンクのような通信分野で成功した企業にもぜひ電力分野で新しい智恵を出して欲しい。私は、情報通信分野での公正競争のための各種規制の経験が、行政にはもちろん民間を通じても生かされることを望む。
ここでの電力の自由化は、単純な新規参入を呼び込むことだけではなく、地球温暖化や原発事故に伴う節電にも対応する「スマート」な、情報通信サービスと融合した電力事業を生むことになる。
話題となっている「スマートメーター」は、リアルタイムで利用状況を把握する手段として、テレビ(ホームサーバ・ディスプレイ)と並んで重要なホームネットワークの構成要素となるだろう。メーターは、電力会社にとっては課金情報の元である。自己の顧客情報だから囲い込みたいと考えるはずだ。情報通信側も顧客サービスの観点から重視したいデバイスだと思う。両分野からの競争の焦点の一つだ。
このような状況について、冒頭に述べたように、過去に生じたコンピュータと通信の融合(C&C)、放送と通信の融合(B&C)に続く、電力と通信の融合(E&C)が起こっていると私は考えている。E&Cは、あらゆる電気機器のネット化を通じて、省エネのための電力の需要と供給の調整手段を提供するとともに、ネット化されたことで可能となる新たなサービスを生み出す。
電力会社や通信会社にとっては、新たなビジネスチャンスであり、異業種との競争の始まりである。利用者側にとっては、省エネと電力料金低下だけでなく、新しい多様なサービスを享受することができるきっかけとなるだろう。
関啓一郎(せき・けいいちろう)東京大学公共政策大学院教授、愛媛大学客員教授、慶応大学非常勤講師。1983年東大法学部卒、国際経済研究所ワシントン事務所長、IT戦略担当の内閣参事官、総務省国際経済課長、固定資産税課長、NISC(内閣官房情報セキュリティセンター)総括担当参事官、四国総合通信局長等を経て現職。2003年の「e-Japan戦略2」、2008年の「第二次情報セキュリティ基本計画」の策定に携わる。