「常識」の死 ― ロンドンからの訃報

北村 隆司

先週、ロンドンから「常識」の死を伝える悲しい知らせが届いた。友人から送られたロンドンタイムスに載った追悼文には、この様に書いてあった。

「私達の朋友であった『常識』が, 今日この世を去った。永年に亘りお付き合いして来た『常識』だが、無責任なお役所が誕生証明を紛失してしまった為に、その享年すら判らない。
惜しまれながら鬼籍に入った『常識』は :

  • 早起きは3文の得
  • 人生は何時も公平とは限らないが
  • それも、自分が至らぬ所為かも知れない

等の、数多くの人生訓を残してくれたが、これらの教訓が今後も多くの人の胸に生き続ける事を願いたい。


『常識』は、稼ぎ以上には遣わない健全な生活態度や、物事を子供任せにせず、大人が責任を持つ事の大切さも教えて呉れた。

善意から出発したにしても、余りにも一方的な規制が世の中に蔓延し出した頃から、『常識』の健康は衰え始めた。

6歳の少年がクラスメ-トにキスをするセクハラを起こしたり、自分の子供の躾けも出来ない親に代わって躾けをした教師を非難する親が増えただけでなく、手に負えない悪童を厳しく叱った教師が解雇されたり、昼食の後でうがい薬を使った少年が休学処分になるなどの事件が報道される度に、『常識』は生きる勇気を失い出した様だ。

学校で生徒に日焼け止めローションを塗らせたり、アスピリンを飲ませるには、親の事前許可が必要なのに、生徒が妊娠したり、いじめや盗みをした時には、親に通知する事を禁止する規則が施行される一方、頼りの教会が金儲けに熱中し、犯人が被害者より良い待遇を受ける世の中を目の当たりにする様になると、『常識』のこの世の中に対する落胆は頂点に達した。

自宅を襲った強盗に抵抗すると、逆に「暴力行為」の疑いで訴訟されたり、コーヒーを飲んでいた客が, 熱々のコーヒーを自分の膝にこぼして店を訴訟し、多額の賠償金を得た事を耳にしたのが、『常識』の直接の死因になったらしい。

『常識』は :

  • 「真実」と「信頼」と言う名の両親。
  • 「思慮分別」夫人。
  • 「責任」と言う名の娘。
  • 「理性」と言う名の息子

に先立たれたが、

  1. 俺には権利がある
  2. 今すぐ欲しい
  3. 誰か他の奴の責任だ
  4. 俺は被害者だ
  5. 役立たなくとも給料を貰う権利はある

が口癖の、5人の異母兄弟が遺族として残された。

ひっそりと息を引き取った『常識』の「死」を知る人は少なく、参列者もまばらな寂しい葬儀であった。
若し、貴方が生前の『常識』をご存知ならば、この話を語りつないで欲しいが、元々『常識』を知らない人達は、これまで通りの生活を続けて頂いて結構である。アーメン〔合掌〕……」

米国の『常識』は可也前に逝去してしまったが、コモンセンスの国として世界に名高い英国の『常識』も、こうしてこの世から姿を消してしまった。

最近の日本の世相を見ると、日本の『常識』の生命も風前の灯の感がしてならない。

イスラム冒涜の稚拙な動画が火付け役になって、燎原に広がる炎の様に燃え上がったアラブの騒動と、ネットの扇動に乗って広がった中国の反日暴徒の感情的な行動を見るにつけても、IT技術の発展速度と人間の質の変化のちぐはぐが、世界の『常識』を絶滅危険品種に追いやる姿には、恐ろしさすら感ずる今日この頃である。

2012年9月16日 北村隆司