JPモルガンが溶かした5000億円と巨大銀行のビジネスモデル

藤沢 数希

先週の金曜日に発売され拙著『外資系金融の終わり』は、ファイナンスが専門ではない人にも面白いノンフィクションとして書かれている。しかし、アカデミックなテーマとして、筆者が多くの人に理解して欲しかったのが巨大銀行が引き起こすシステミック・リスクとモラルハザードという、現在、非常に大きな問題になっていることである。なぜなら、これは金融機関に勤めていないものであっても、知らず知らずのうちにさまざまな形で負担させられているものだからである。


今年、金融業界で多少話題になったことに(つまり大きな話題ではない)、JPモルガンがクレジット・デリバティブの自己勘定取引で大きな損失を出した事件があった。最初にニュースになった今年の5月の時点では2000億円程度の損失であったが、その損失はアッという間に5000億円以上に膨れ上がった。JPモルガンの社内ヘッジファンドのひとりかふたりのトレーダーがやっていたトレーディング業務で、これだけの損失を出したのである。

損失を出したトレーダーはすでに退職済みとのことであり、過去には数十億円単位のボーナスを受け取っていた。そして、儲けたときは、自らの経営戦略やリスク管理の優秀さを吹聴してやはり二桁億円のボーナスをもらっていく経営者たちは、こういう不祥事が起こると、リスク管理部門などに責任を押し付け、今度は自分がほとんどそういった業務を知らなかったことを強調する。これが金融機関の経営者のメンタリティである。

当初2000億円ほどの損失だったのだが、こういうニュースが出るとふつうはアッという間にもっと損失が膨らむ。なぜならば、JPモルガンがそれだけの含み損を抱えて損切りしなければいけないポジションを持っていることが、他のプレイヤーにバレバレになるからだ。こうなったら手札を見せながらポーカーをやらされるようなものだ。デリバティブはゼロサム・ゲームなのだから、JPモルガンの5000億円の損失は、他の銀行やヘッジファンドの儲けになっているはずだ。

しかし、ここまではなんら問題ない。馬鹿な銀行経営者と、大穴を開けたトレーダー、そして池に落っこちた犬をみんなで棒で叩いて、もっと儲ける他の銀行たち。何ら問題ない。実に健全な世界である。誤解を恐れずに言えば、筆者はそういった世界観が個人的には好きである。しかし、システミック・リスクというのを考えると、話がややこしくなる。システミック・リスクとは、ひとつの金融機関の破綻が、ドミノ倒し的に金融システム全体に広がり、金融システムそのものを破壊してしまうかもしれないリスクのことだ。

今回は、たったの5000億円だったからよかったのだが、これが打ちどころが悪くて2兆5000億円だったらどうだっただろう? JPモルガンはさまざまな複雑な金融商品のネットワークのハブになっている巨大銀行である。ヘッジファンドとはちがう。JPモルガンが潰れれば間違いなくシステミック・リスクを引き起こすのだ。つまり、JPモルガンが破綻しそうになると、税金で救済するより他ない。

さて、そうするとJPモルガンの2兆5000億円の損失は、他の銀行の利益になっているのだから、不思議な事に、JPモルガンが税金で救済されると、金融機関全体ではみんな儲けていることになる。損をするのは常に納税者だ。これが「大きすぎて、つぶせない」という問題なのである。こうやって万が一の時は救済されるのだから、大きすぎる金融機関はリスクを取れば取るほど儲かる。深刻なモラルハザードなのだ。巨大銀行のビジネスモデルは、コインを投げてどっちが出ても儲かるようになっているのだ。

外資系金融の終わり』のひとつのテーマは、巨大銀行のシステミック・リスクとモラルハザードを白日の下に晒すことだった。そして、日本のメガバンクも例外ではないのだ。

参考資料
JPモルガンの自己勘定取引による巨額損失についての雑感、アゴラ、2012年7月19日
過去の金融関係のベストセラーから読み解く世界の金融ビジネスの変異、アゴラ、2012年9月5日
金融業界に激震:『外資系金融の終わり』ついに発売、金融日記、2012年9月14日