陰謀史観

池田 信夫

陰謀史観 (新潮新書)ニューズウィークで、ベストセラー『戦後史の正体』をちょっとからかったら、ツイッターで著者がコメントしてきたので、おもしろいから補足しておこう。

孫崎氏の本は、率直にいって陰謀史観としても出来が悪い。本書が紹介するように、本格的な陰謀史観は、シオンの議定書とか田中上奏文とかもっともらしい出典があり、その陰謀をどのように実現するか具体的に書かれているものだ。


ところが孫崎氏の根拠は、ほとんどが状況証拠と伝聞だ。たとえばアメリカが細川首相を失脚させた経緯を次のように書く:

まず最初に、米国は連立内閣の要である武村官房長官について「北朝鮮に近すぎるから、彼を切るように」という指示を出します(この事情については小池百合子議員が自身のブログで紹介しています)。

それをうけて細川首相は、一時、女房役の武村官房長官のクビを切る決意をします。しかしこの場合は、細川首相自身が佐川急便からの借入金返済疑惑を野党自民党から追及され、武村官房長官を切る前に自分が辞任してしまいます。(『戦後史の正体』pp.320~21)

陰謀の根拠がブログというのもトホホだが、これは「アメリカが細川政権をつぶした」という根拠になっていない。アメリカが切れといったのは武村官房長官であり、しかも彼を切る前に細川首相自身が辞任したのだから、これは陰謀とは無関係だ。それとも孫崎氏はアメリカが(首相になるはるか前に)佐川急便を使って細川氏を陥れたとでもいうのだろうか。

本書では、いろいろな陰謀史観を紹介して、その特徴を次のようにまとめる:

  • 因果関係の単純すぎる説明:戦争のような複雑な現象は一つの原因で説明できないが、大衆はわかりやすい勧善懲悪を好むため、すべて悪玉のせいにする。

  • 飛躍するトリック:陰謀もまるで根拠がないことは少なく、ある程度の状況証拠はある。それ以上は憶測なのに、語り口のおもしろさで因果関係を偽造する。
  • 結果から逆行して原因を引き出す:「アメリカの利益になった」という結果を「アメリカがやった」という原因にすり替える。

孫崎氏の議論は、この3つのパターンを典型的に満たしている。悪玉はアメリカで、いま日本の政治が行き詰まっている原因はすべてアメリカの陰謀のせいだから、日本が「自主独立」すれば問題はすべて解決する、というわけだ。このアメリカの部分に、かつてはユダヤ人やフリーメーソンやコミンテルンが入ったが、今は「原子力村」というのも入るのかもしれない。