日本の年金制度が直面する課題を分かりやすく解説した入門書。
基本的な内容は氏のこれまでの著作や若者マニフェストの提言とほとんど同じなので、興味深い論点だけ紹介しておこう。
・2004年改革による100年安心プランや、このたびの税と社会保障の一体改革によって年金問題は解決したのでは? と思っている人には残念なお知らせではあるが、どちらも抜本的解決には程遠い。
まず現状の100年安心プランは、今後100年ほどの間の積立金の運用利回りを4.1%、現実にはマイナスの賃金上昇率を2.5%と計算し、国民年金の未納率も2割に半減するという“結果ありき”の超楽観数値に基づいているため、そもそも制度として成立していない。
「中国とって、インドネシアの油田とって、制空権制海権維持してインド通ってイラクでドイツ軍と握手すれば勝てます」と言ってた日本軍と同じである。
そして今回の消費税引き上げも状況の改善にはつながらない。というのも上記のような数字は実は今回消費税を引き上げることを前提にしているから。09年4月から基礎年金部分の国庫負担が50%に引き上げられたが、そのコストアップ分は本来、消費税でまかなうことが決まっていた。今のところとりあえず厚生年金積立金で建て替えているが、その建て替え分をようやく今ごろになって増税するというだけの話なのだ。(とはいえ、増税しなかったら、単にサラリーマンの建て替えが建て替えでなくなるだけの話だが)
・2028年に積立金は枯渇する
マクロ経済スライドの不発、保険料収入の低下、運用利回りの低迷により、厚生年金と国民年金の積立金は早ければ2028年にも枯渇するというのが著者の試算だ。今までの色々な識者の予測が2030年代だったから、着実に状況は悪化しているわけだ。
・社会保障は「現役世代の払う保険料→老人への社会保障給付」が賦課方式。それでも足りずに「保険料+国の借金→老人への社会保障給付」の日本はスーパー賦課方式。
我々からの年貢だけでは物足りず、我々の子供の代からも今のお爺ちゃんお婆ちゃんに仕送りしているわけだ。まさに世代を越えた搾取。教育とか子育てとかインフラとか必死に削って老人たちにフェラーリをプレゼントして回ってるようなもんですね。
・巷によくある「公的年金は国がケツ持ちしてるんだから絶対に破綻しない」論のウソ
国は強制的に国民から税金や保険料を徴収できる「徴税権」を持っているのですから、年金が破綻しないように、当たり前のように保険料を引き上げることができるのです。
そして、その保険料引き上げをずっと繰り返してきたことによって生じている巨大な「世代間格差」「世代間不公平」こそが、実は年金問題の本質なのです。
そりゃ胴元が掛け金ガンガン引き上げたり支給額ガンガン引き下げれば、“完全破綻”はいくらでも回避できるだろう。でも問題はそこではないのだ。
破綻しまいとして保険料を引き上げてゆくことこそが世代間不公平という本質的な問題を引き起こしているのですから、彼らの主張は何の救いにもなっていません。無意味な主張です。
・「70年代はまだ貧しく、年金受給額に見合うだけの保険料引き上げは無理だった」論のウソ。
今の60歳以上の老人達が保有する純家計金融資産は360兆円で、日本全体の純家計金融資産8割を占める。老後に受け取る保険料に見合うだけの保険料を払えないほど貧しかったなら、彼らはどうやってこれだけの資産を築けたのか。
この世代が貧しいから保険料をきちんと徴収できなかったというのは明らかに事実に反しており、歴代の政権が人気取りのために大盤振る舞いを行い、年金受給額に見合うだけの保険料引き上げを怠ってきたというのが正しい見方です。しかも高度成長期を終えて、経済成長率は低くなり、少子高齢化社会の到来も明らかになっていたにもかかわらず、約40年間もの長きにわたってこのような大盤振る舞いを続けてきたのです。
・大盤振る舞いのツケはいくらか
現在の老人や既に払った保険料に応じた受給権を持つ現役世代にたいし、国が今後払わねばならない年金総額は950兆円にのぼる。
たまに「国には400兆円以上の金融資産があるから純債務でみれば大したことない」なんておバカなことを言う評論家や政治家がいるが、年金預り金を借金返済に使えないのは言うまでもない。
というか、実際にはこれから負担する年金総額950-積立金150=800兆円ほど積立不足相当額があるわけで、これが暗黙の債務と言われるものだ。国の債務残高は1000兆円とも言われるが、それと同じだけの隠れ借金をこれから我々は負担せねばならないことになる。
・では破綻を避けつつ年金をソフトランディングさせる方法はあるのか
著者の提唱するのは国鉄清算事業団方式だ。約25兆円に上る債務を切り離した上で、税金とJRの利益の中から長い時間をかけて返済するというもの。
同様に数百兆円規模の債務を年金清算事業団に移すことで、年金制度は賦課方式から積立方式に即日移行することが出来る。
二十歳になった若者が払うお金は自分の口座に積み立てられ、老後に受け取ることが出来る。40歳のサラリーマンは新たに口座に積み立てつつ、これまでの不足分は将来、年金事業団から受け取ることになる。一方、現在の老人は、年金事業団からこれまで通りの年金を受け取ることが出来る。
もちろん、年金事業団は毎年何十兆円か老人に支払うわけだが、その原資は年金特別債を発行してまかなえばいい。購入するのは、現役世代の保険料だ。くわえて、消費税なり相続税なりを少しだけ引き上げた上で、数10年かけて年金事業団の債務圧縮に努めることになる。
筆者は、賦課方式から積み立て方式への全面的移行が、年金問題を抜本的に解決出来る唯一の道だと考える。
「本当にそれだけで年金問題は解決するの?」と半信半疑な人は、とりあえずJRに乗ってみよう。そこには、かつて40兆円近い債務を抱えて死に体だった国鉄の面影は無いはずだ。
それにしても、著者の新境地なのか編集者の工夫なのかはわからないが、本書は非常に明快でわかりやすい。鈴木氏の一連の著作を読みこんでいる人にはおさらいに、未読の人には格好の年金問題入門書となるだろう。
編集部より:この記事は城繁幸氏のブログ「Joe’s Labo」2012年10月12日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった城氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方はJoe’s Laboをご覧ください。