ソフトバンクによるイー・アクセスの買収・合併について─消費者・国民の立場から --- 鬼木 甫

アゴラ編集部

携帯電話会社ソフトバンクがイー・アクセスを買収・合併することになった。裏側は周波数帯の争奪戦だが、消費者・国民一般から見て疑問があり、また長期的に携帯産業の成長を阻害する可能性が大きい。

携帯事業では電波割当が必須である。最近スマートフォンの急速成長から電波不足が生じ、各社は周波数帯の入手を強く望んでいる。本年初から、アナログテレビ跡地を含む「プレミアムバンド(700/900MHz帯)」の割当が進行した。2月にソフトバンクが900MHz帯を、夏にはNTTドコモ、KDDI、イー・アクセス3社が700MHz帯を割り当てられた。半年も経たないうちに起きた買収に首をかしげる国民が多いだろう。


今回の買収には2つの疑問点がある。第1は電波が稀少化して巨大な経済価値を持つようになったのに、実質無償で事業者に与えられ、買収等によって受け渡しされていることである。

電波資産の説明には、最近話題になった東京駅丸の内駅舎の「空中権」が便利であろう。空中権とは区域上のスペースを建築物等に使う権利である。丸の内地区内では低層建築である東京駅舎の空中権を周辺の高層ビルに売り渡して、駅舎建築費が捻出された。

空中権と同じく電波の価値も、区域上のスペースを排他的に(この場合は電磁目的に)使用する権利から生じる。電波は目に見えないが経済的な効果は類似し、稀少化に伴って価値が増大する。空中権はそれぞれの区域に1個しか存在しないが、電波は周波数帯ごとに利用権が存在し、電波利用免許には利用区域と周波数帯が明記されている。また電波免許の区域には大小の差があり、携帯電話のような全国免許や、より狭い区域の免許がある。最近の技術進歩から携帯電話・無線LANなど電波の利用機会が拡がり、その価値が急上昇した。では「電波資産」の所有者は誰なのか。現在の電波法は電波が経済価値を持つことを想定していないので、何も定めていない。空中権と同じように考えれば、土地区域所有者がそれぞれの土地上の電波利用権を持つことになる。しかし電波は多数の公私有地上で共通に使用され、利用権の細分は現実的でない。実際には電波資産を一括して国民全員が所有していること、すなわち電波は「国民の共有資産」とする考え方が支配的である。

この考え方から稀少な電波をオークションで割り当て、代価を(国民の代表者である)政府の財政収入とすることが提案され、1990年代から各国に普及した。しかしながら日本では電波を管理する総務省が対応を怠り、2012年春になってようやく「オークション導入のための電波法改正案」が提出されたが、同年の通常国会では審議に入らなかった。OECD加盟30ヶ国のうち、現在まで電波オークションを導入していないのは、アイスランドとルクセンブルグの2小国に加えて日本だけである。また近隣の台湾、ロシア、タイを含む多数の非加盟国が導入済みで、東アジアの未導入国は日本、中国、モンゴル、北朝鮮という状態になっている。

つまり現時点の日本では旧来の方式が残り、巨額の電波資産の利用権が実質無償で事業者に与えられている。

本年に入って携帯電話4社に割り当てられたプレミアム帯の価値は、合計で兆円単位に及ぶ。このことがなりふり構わぬ電波の争奪戦を誘発し、「無償割当直後の買収から、イー・アクセス社が事後的にダミー役を演ずる」という先進国ではあり得ない事態を生ずることになった。この結果が公平・公正原則に著しく反することは明らかであろう。このような事態の反復を防ぐには、第1にオークション導入法案を成立させ、電波資産の割当に正当な代価支払を義務づけることが急務である。またこれに加え、電波資源の適正かつ効率的な管理のための制度整備が必要である。各政党においては次期選挙用マニフェストの作成に際し、電波利用の現状を調査・理解した上で、必要と考える政策を発表されるよう望みたい。

今回買収の第2の問題は、携帯電話市場の競争に関することである。消費者・国民全体の利益のためには、市場における競争を通じて「消費者が王様」になっている必要がある。もし市場が独占・寡占化して競争が制約されれば、「供給者が王様」になってしまう。従来からのコンビニ、スーパー、電気機器、自動車、コンピュータ市場等の競争は企業努力を引き出して生産性を高め、消費者・国民の生活を向上させ、産業体質を強化した。しかしながら個々の企業は競争を好まず、自社の市場シェアを高めて独占・寡占状態を実現し、高水準の利益をあげることを望んでいる。もとより近視眼的な独占・寡占指向は企業努力を低下させ、産業体質を弱体化し、経済成長を阻害する。独占・寡占化の流れに抗して競争を促進するのは、政府・規制当局の責務である。

とりわけ携帯電話産業では、電波割当によって事業者数が決まるという特殊事情があり、同産業を規制する総務省は競争促進を考慮して割当を定める責務を負っている。また他の産業と異なり携帯電話サービスは輸出入ができず、国内の事業者数がそのままサービス競争に影響する。

競争促進のためには事業者数が多いことが望ましいが、適切な事業者数について明確な答えを出すことは難しい。本年末にプレミアム帯のオークション割当を予定している英国では、最低4社による競争が必要であると判断して免許数枠を4個に設定し、現行3社による競争体制に新規参入1社を加えるとのことである。

今回の買収に関し総務省は、プレミアム帯割当に際して想定されていた4社競争が3社に減少することについて検討を加え、競争阻害の可能性が大きいと判断した場合にはストップをかけることが望ましい。買収によって一旦4から3に減少した事業者数を元に戻すことは、電波割当の関係から難しいことも考慮に入れる必要がある。イー・アクセス保有免許の「承継」(電波法20条)が申請された場合、総務大臣が「競争阻害」を理由に許可しないことが考えられる。また免許承継なしで買収が進行する場合には、「当初競争状態を前提して割り当てられた免許が前提に反して使用されることになる」という理由で規制を加えることができる。

次に市場競争の監視に当たる公正取引委員会(公取)も今回の件について機能を発揮することが望まれる。今回買収の内容について、公取は少なくともその事情を調査して見解を公表し、必要な処置を取るべきである。

もし総務省および公取の双方が今回ケースを傍観・容認すれば、将来携帯電話市場でさらなる買収等が発生し、事業者数が3から2へ、そして1社独占にまで進むことになった場合、どのように対応するのであろうか。すでに述べたように事業者・企業には本来競争を避ける誘因があり、買収だけでなく、業務提携等の競争回避手段を取ることもあり得る。これは善悪の問題ではなく、自社利益を追求する営利企業としては当然の行動である。総務省・公取は、消費者・国民全体の利益および産業の長期的な利益のために、市場独占化の傾向に歯止めをかける責務を負っている。今回の件に関し、総務省・公取が将来発生し得る事態も考慮に入れて積極的に行動されることを望みたい。

追記:その後ソフトバンク社が米国の通信会社スプリントの買収に乗り出し、2013年半ばまでに買収完了を目指していることが伝えられた。筆者個人としては、日本企業の海外進出ケースとしてこのことを喜び、その成功を望みたい。もとより同社経営についての心配を伴うが、これはソフトバンク経営者と同株主の問題である。またかりにこの海外進出が不成功に終わったとしても、国内のソフトバンク携帯加入者が大きな損害を被ることはないであろう。米国携帯市場の競争について問題を生ずれば、それは米国の規制機関であるFCCや司法省が対処する。本稿で筆者が問題視しているのは、ソフトバンクによるイー・アクセス買収が日本における携帯市場競争に及ぼす悪影響である。

鬼木 甫
大阪大学・大阪学院大学名誉教授

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