遺伝という名の差別

池田 信夫

中学の生物の教科書のような話をするのはバカバカしいが、いま話題の週刊朝日の「ハシシタ」特集について誤解しているコメントが散見されるので、念のため。

表紙で「橋下徹のDNAをさかのぼり、本性をあぶり出す」とうたっているが、実父がヤクザだったとか自殺したとかいうことは、彼の「DNA」とは何の関係もない。獲得形質は遺伝しないので、家庭環境が遺伝子に影響を及ぼすことはありえない。よく「これは当社のDNAだ」などというのは比喩だが、どうやら週刊朝日は「部落のDNA」があると信じているらしい。そうでなくても、この見出しは「部落差別が劣った遺伝子によるものだ」という偏見に手を貸す結果になる。


さらに問題なのは「八尾市**地区」と被差別部落を特定し、そこに住んでいる人がみんなヤクザであるような書き方をしていることだ。ヤクザに被差別部落の出身者が多い(山口組は被差別者の互助組織として生まれた)ことは事実だが、それは遺伝とは何の関係もない。被差別部落の起源は、屠殺などの仕事が江戸時代の身分制度で「非人」とされたことによる職業差別で、世界の少数民族問題とは違って遺伝的な差別ではない

要するに部落差別は遺伝とは無関係であり、ヤクザとか自殺とかいう行動が遺伝することもありえないので、週刊朝日の「DNAをさかのぼる」という表現は二重に誤っているのだ。もちろん家庭環境が性格に影響することはあるが、橋下氏の記憶にもない実父の行動が彼に影響する可能性はない。これは「オバマは黒人だからバカだ」というに等しい最悪の差別で、週刊朝日の河畠大四編集長は辞任すべきだ。

橋下氏は貧しい家庭で苦学したようだが、そのハンディキャップを乗り超えて弁護士になった彼の努力はほめられこそすれ、「テレビのひり出した汚物」とか「ヒトラーより下劣」などと罵倒される筋合いはない。佐野眞一氏は「中上健次の世界」などと書いているが、そんな文学的な思い込みで政治を語るのは見当違いもはなはだしい。彼の孫正義伝もひどい本だった。彼はたびたび盗用も指摘されているので、これを機会に筆を折ったほうがいい。

このように遺伝を理由にした差別は、あとを絶たない。先日、話題になったフランスのテレビ局が日本のゴールキーパーに腕が4本ついている写真に「福島の影響か」とコメントした事件も、放射能が奇形児を生み出すという古い偏見がつい出てきたものだろう。これはビキニ核実験で日本の漁船が被曝した事件に端を発しており、ゴジラも「核実験による突然変異で生まれた怪獣」という想定だった。しかし第五福竜丸の無線長が死んだ原因は放射能ではなく、輸血による肝炎だった。

AERAは「ふつうの子供産めますか」という特集を組み、福島の女性は放射能に汚染されているので子供を産んではいけないとほのめかした。いかにも被災者に同情しているように見せかけて差別を拡大再生産するのは、朝日新聞の社風なのだろうか。被災地に乗り込んで「1mSvでも危険だ!」と騒いでいる反対派は、被災者の帰宅を遅らせる加害者だということを自覚したほうがいい。