やっぱり企業広報は美人が得するようだけど…

新田 哲史

月曜の朝、私は一つの楽しみがある。

日経新聞の新興中小面だ。言論活動と同時に、中小ベンチャー企業の広報を提案する人間として、マスコミの注目動向を俯瞰する意味もあるが何と言っても、今後ブレイクする可能性のある企業や新しい事業を知るのはワクワク感がある。ただ、11月26日の朝刊でその記事を初めて目にした時は不覚にも漫然と読み流していた。ところが数時間後、私は知人の起業家がFacebookで同じ会社を取材したネット記事を紹介したのを見て驚愕することになる――。


日経が取り上げていたのは、ウェブ開発のKoLabo社による客室乗務員(CA)限定のネット掲示板サービス。元CAで社長の駒崎クララ氏が自身の経験から、CAたちが会社の枠を超えコスメや美容など7分野の情報を共有するニーズを掘り起こすという。確かにユニークで面白い。

記事には写真は無いものの、3段扱いの目立つ囲み記事。同社のことを存じ上げなかったが、日経で取り上げるとあって、中小といっても既に上場、あるいは上場が視野に入っている段階の会社なのかと思った。しかし後で読んだCNETによれば、なんと社員は駒崎氏だけの1人ベンチャーだというではないか!6月にサービスを開始したばかりで会員数は150人(掲載時)という。日経本紙がスタートアップ直後の1人ベンチャーをなぜ取り上げたのか実に興味深くなった。というのも、私がいくつか存じ上げているベンチャーでPRが得意な会社でも、日経本紙で新規事業単体の紹介は容易ではないからだ。

例えばハイクラス向けの新進気鋭の転職サイトは、テレビ東京のWBSに3カ月連続で登場するなどベンチャーとしては異例の脚光を浴びているが、関連会社と併せて100人規模の社員を擁し、国内大手に高所得の転職市場に目を向けさせるなどの躍進ぶりが背景にある。ただ、さしもの、その会社も社運を賭けたアジア進出は日経の報道はベタ記事だった。

さてCNETの記事に話を戻す。日経と違い、駒崎氏の写真が載っている。人によって好みの違いはあるだろうが、さすがは元CA。ぶっちゃけ美人だ(笑)。彼女が独自に報道機関にアクセスしたのか、PR会社を使ったのかは不明だが、記者やディレクターの第一印象がいいのは間違いない。日経だけでなく、私がかつて所属していた全国紙を含め、ベンチャー企業が大手メディアに注目されるのは容易ではない。私自身、社会部時代に山積みのプレスリリースをどれほどゴミ箱に放り込んだことか(ごめんなさい…汗)。

最近はPR会社が知恵を付けて目に留まる工夫をあれこれしているが、「所詮は外見」ということもある。ある民放キー局でのこと。受付からPR会社の男性社員の来訪を告げられても報道フロアの皆が無関心だったのが、なじみの美人広報が来るや「私が行きます」と続々と手を挙げたという笑い話を聞いたことがある。

では、企業は美人広報を揃えればいいのか?コトはそう単純ではない。数年前、ある金融会社が調子に乗って美人広報のコンテスト企画を行ったそうだが、肝心の本業で財務局から法令違反で行政処分を食らった。本末転倒なお話だ。報道機関も、公共性が問われるだけに提供された情報にはフィルタリングはする。知名度のない会社の場合、実態がどうなのか、ウェブや信用情報、あるいは金融機関の人脈などを駆使して確認する場合もある。

報道機関へのアプローチで企業広報もPR会社も意外に見落としがちなのが、本業でモノを売る時には意識しているはずのことだ。マーケティングの基礎的な理論「AIDMA」でいえば、美人を「鉄砲玉」にする戦術はAttention(注意)、あるいはInterest(興味)までの段階か。顧客の財布の紐を緩ませるかどうか勝負はその後である点は同じ。いや、記者のフィルタリング、記事・番組のクオリティーに堪えられるかの選別はもっと厳格だ。

KoLabo社でいえば、続く「D」と「M」への橋渡しもきちんと構築されていたようだ。なぜ駒崎氏がCAという花形の仕事を辞めて起業したのか、記者は深く話を聞きたくなるだろうし(Desire、欲求)、CAの間で会社の枠を超えた情報共有がない現状を変えるという彼女の経験に基づく説得力があって印象深い(Memory、記憶)。そこまでの段階で総合的にうまく「お話」をまとめ、その結果、ニュースのコンテンツとして取り上げたい(Action、行動)という運びになったとみられる。

記者時代を思い起こせば、サッカーや競泳のスター選手の所属事務所で知られる有名PR会社は、そのあたりを心得ていた。鉄砲玉には新卒の可憐な若い女性がいて(A⇒I)、一緒に付き添っている30代のお姉さんが事業コンセプトや社会性といった小難しいお話(D⇒M)、事実関係の確認と言った最終取材の対応(A)を請け負う。「美女」と「美魔女」で役割分担し、外見も中身もきちんと整えれば記者には手強くも魅力的な広報の売り込みだろう。(了)

新田 哲史(にった てつじ)
メディアストラテジスト