通貨発行益は打ち出の小槌か

池田 信夫


安倍総裁のわけのわからないインフレ政策の仕掛け人は誰なのか、いろんな憶測があったが、ニコ動によれば、どうやら山本幸三議員らしい。さもありなんという感じだ。経済学的に隙だらけだからである。

デフレから脱却するためには、リーマン・ショック後を見ますと、まずアメリカは貨幣の発行量をリーマン・ショック前の2007年の2.5倍にしている。イギリスは3倍に増やしている。日本は1.1倍くらいですかね。とにかく日本銀行は(金融緩和を)なかなかやらない。それならば当然円高になりますよ。当たり前ですよね。デフレからも脱却できない。

これはリフレ派がよくいう話で、素人さんはころっとだまされるらしい。たしかに増加率は日本が低いが、池尾和人氏もいうように、それは日本が早い時期から量的緩和でバランスシートをふくらませていたからで、今でもGDP比では日銀のほうがFRBよりはるかに大きい。


これに対して「問題は変化率だ」という人がいるが、それは間違いだ。バランスシートの大きさも変化率も、理論的にはインフレ率と関係ない。現代の動学マクロ経済学には、通貨供給量という変数は出てこないのだ。インフレ率を決めるのは金利だから、ゼロ金利では量的緩和でデフレも円高も止まらない。笑えるのは、次の話だ。

日銀は紙とインクで(紙幣を)刷るわけでありますから、20円で1万円を刷るんですから、9,980円貨幣発行費(益)が出るんですよね。貨幣発行費については基本的には政府に納付しますから、これは政府が紙幣を発行するというのと同じというふうに考えていただいていいと思います。これは余り政治家が言うと、円の信任を傷つけるケースがありますから、これを余り言うことは控えておきますが、まぁそういった仕組みになっていますから孫子の代にツケを残すということにはならないと申し上げておきたいと思います。

なるほど、通貨を印刷すればもうかるから、国債はいくら発行してもいいんだ。たとえば政府が200兆円の国債を発行し、日銀がそれを紙幣(日銀券)を発行してファイナンスすると、199兆6000億円の通貨発行益(シニョレッジ)が国庫に入る。丸もうけみたいなものだから、政府債務は日銀が紙幣を発行して全部買い取れば通貨発行益でチャラにできる――この話はどこかおかしくないだろうか。

もちろん、そんな打ち出の小槌はない。200兆円の紙幣を発行すると、インフレが起こって民間で利用可能な資源が減る。つまり通貨発行益は、民間に対するインフレ課税なのだ。このような財政インフレは、安倍氏もいうように通貨の信認を毀損するので、マイルドなインフレになるとは限らない。

これはマクロ経済学の教科書にも書いてある常識だ。恐いのは、こんな学部程度の知識もなしに、山本氏のようなアマチュアと浜田宏一氏の40年前のケインズ理論を信じて「大胆な金融緩和」が自民党総裁から出て来たことだ。自民党は何もしなくても楽勝なのだから、執行部が「主君押込」して安倍氏を黙らせないと、そのうち大失言で自滅しそうな気がする。