ハリケーン・サンディによる米国東部大規模停電が問いかけたもの

アゴラ編集部

電力改革研究会IEEI版

日本で大きく報道されることはなかったが、2012年10月末に米国東海岸に上陸したハリケーン・サンディは、ニューヨーク市を含め合計850万軒という過去最大規模の停電を引き起こした。ニューヨークでも計画停電の実施に加え、ほぼ1カ月間停電の続いた地域があったなど、被害の全貌が明らかになりつつある。

一方わが国では2011年3月11日の東日本大震災直後の首都圏での停電や延べ10日間にわたって行われた計画停電が記憶に新しい。2010年代に入って発生したこれらの大停電は、大規模自然災害によって大都市圏で生じたという点で似通っている。サンディによる停電被害と復旧の経緯を振り返りながら、東日本大震災後に生じた「停電と電力システム」にかかわる国内の議論を検証してみたい。


1・サンディによる停電被害

10月29日から30日にかけて米国を襲ったハリケーン・サンディは、最盛時の中心気圧940hPa(ヘクトパスカル)・最大瞬間風速48.6メートル/秒と、米国でのハリケーンの規模を表す5段階評価では比較的勢力の弱いカテゴリー2と分類されたものの、平年より3度高い米東海岸の海水温によって勢力を保ったまま高緯度の北東部沿岸を直撃して被害を拡大した(図1)。

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図1 米国北東部沿岸を直撃したハリケーン・サンディの通過経路
(出典)米国国立ハリケーンセンターサイト

ハリケーンの直撃により電力会社の発電設備や送配電設備に被害が生じたため、10月29日からニュージャージー、ニューヨーク、ペンシルバニア、コネチカット、ウェストバージニア、オハイオ、マサチューセッツ、メリーランド、バージニア等の各地で停電が発生し、特に設備被害の大きかったニュージャージー州の停電規模は260万軒(全需要家の65%)、ニューヨーク州は210万軒(同23%)に及んだ。

例えばニューヨーク市内への送配電を行うコンソリデーテッド・エジソン社(以下コン・エジソン社)の供給エリアでは、29日の10時頃から一部の配電線の損傷で停電が生じ始め、19時20分からはハリケーン通過完了までの同社設備保全と需要家の機器保護、停電の早期復旧を目的とした計画停電が実施された。その後も日にかけて停電範囲が拡大し、最大で105万軒(同社の需要家は330万軒)が停電するに至った。特にニューヨーク市14丁目以南のマンハッタン一帯で停電が生じ(図2)、ウォール街のニューヨーク証券取引所も2日間にわたる取引停止に追い込まれるなど大きな経済的な損失が生じた。東日本大震災の際には、東京都心部に停電は生じていない。

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図2 停電したマンハッタン島とマンハッタン南部の停電マップ
(出典)コン・エジソン社資料

1送配電設備への被害
・地中送配電設備への浸水
・変電所の損壊
・倒木や風による配電設備の倒壊・損傷

2発電設備への被害
取水口の水位上昇など発電所側の理由による停止に加えて、発電所からの送電設備の事故等により発電設備1034万kWのうち524万kW分が停止(10月30日時点)。
 
同社の当該時期のピーク需要(想定値)は720万kWであるので、ピークでは200万kW(約30%)程度の需給ギャップがあったと想定される。

2・停電からの復旧

サンディによる影響で、ニュージャージー州では11月13日、ニューヨーク州は11月26日まで停電地域が残った。停電からの復旧に約2週間から1ヶ月を要したことになる。このためエジソン電気協会(私営電力会社が作る協会)はウェブ上に「ストームセンター」を開設し、電力各社の停電状況や復旧の進捗を集約、リアルタイムでの情報公開を行うなどの対応に追われた。

また同協会によれば、停電復旧には全米(カリフォルニア州など西海岸やハワイからも参加)やカナダの電力会社80社6万7000人に及ぶ作業員が応援に駆けつけ、まさに業界をあげての復旧が行われた。ちなみに昨年3月11日の東日本大震災後に生じた停電からの首都圏の完全な復旧は3月18日とほぼ1週間であった。さらに震災によって生じた約1000万kWの需給ギャップから、延べ10日間、7000万軒の輪番停電が行われたが3月28日に終了した。
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図3 倒木により倒壊した配電設備の復旧にあたる作業員(コン・エジソン社)

コン・エジソン社の発表によると、同社供給エリアの停電復旧は図4の推移の通りに進んだ1週間を経過してなお約1割の停電が残っていたことがわかる。東日本大震災では首都圏で3月11日の震災直後に405万軒の停電が生じたが、翌日には60万軒まで減少し、震災から2日経過した時点で、ほぼ1割まで停電範囲が縮小した。

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図4 コン・エジソン社における停電復旧の推移
(出典)コン・エジソン社説明資料

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図5 エジソン電気協会が説明する停電復旧のステップ

3・停電に対する日米の評価は対照的

日米両国の中心部で生じた大規模停電により惹起された議論は、日本では原発事故という極めて社会的影響度の大きい事象が同時に発生したことを割り引いても対照的だ。 

日本での議論は、電力設備やその運用上の問題よりも、産業組織論や価格メカニズムの活用不足に焦点があたっている点に特徴がある。スタンフォード大学名誉教授の青木昌彦氏の「危機に強い産業組織築け」(日本経済新聞経済教室、平成23年8月4日掲載)は、原発事故への対応のまずさに加えて震災後に行われた「計画停電」は計画経済への逆戻りだとして批判、日本の電力会社が「統合による摺り合わせ(発送配一貫)=電力供給の質」という神話に安住しているとして、摺り合わせ型システムである発送電一貫体制に疑問を投げかけた。

発送配電をそれぞれモジュール(構成要素)として分離し、明示的なインターフェースのルールに従いながら、各モジュールが固有の機能を発揮するモジュール型の組織に変えた方が、複雑度と不確実度の高い環境下での高いパフォーマンスが期待できるというのである。その上で、需給調整への限定的な価格メカニズムの利用も提言している。

学習院大学特別客員教授の八田達夫氏は、「日本の電力供給体制には短期あるいは瞬時の需給逼迫に対応して価格が上昇する仕組みがないこと」を問題視し、青木氏の立場とも重なるが、価格高騰という価格メカニズムの作用によって大口需要家が逼迫時に需要量を削減することで、停電の可能性は大幅に減少するとしている。

またこの議論は一部の経済学者に限られたものではなく、政府も震災後の計画停電やその後の電力使用制限によって多くの国民や企業に多大な負担や苦難を強いたとして、震災の教訓を踏まえた発送電分離(電力システム改革)に乗り出していることは周知の通りだ。


一方、米国では停電の長期化原因として、電力会社が送配電線に近接の樹木伐採を怠ったために被害が大きくなったとの疑いや、電力会社の情報発信体制が十分強化されていなかったこと等に批判が集中した(昨年もハリケーン・アイリーンによる停電が生じていたため)。これを受けて、ニューヨーク州のクオモ知事は11月13日、今回のサンディや昨年のアイリーン等の自然被害に対する電力会社の準備と対応が適切だったかを検証する委員会を立ち上げている。

(参考)
青木:「危機に強い産業組織築け」、日本経済新聞経済教室、2011年8月4日

八田:「電力問題の解決は需給調整メカニズムの確立から」、 総合研究開発機構(NIRA)対談シリーズ、2011年8月
米国連邦エネルギー規制委員会: Assessment of Demand Response and Advanced Metering Staff Report 2011年11月

4・モジュール化され価格メカニズムに依拠する電気事業体制は万能ではない

今回、長期の停電が生じたニューヨーク州やニュージャージー州ではすでに発送電分離が行われ、電力システムも青木氏の言うところのモジュール型の開放ルールシステムとなっている。コン・エジソン社も発電資産の多くを売却し、送電系統運用の機能をニューヨークISOに分離して、送配電事業(ワイヤー・カンパニー)というビジネスモデルに特化している。

さらに系統運用を行うニューヨークISOは州内の卸電力市場(プール市場)を運営し、市場価格に応じて発電力やデマンドが調整される仕組みとなっているのであるが、これらが有効に機能して計画停電が不要になったり、停電量が減って復旧期間が短くなったりした形跡は見られない。ニュージャージー州もほぼ事情は似たようなもので、電力会社は発送電分離され、ISOであるPJMが系統運用と卸市場運営を行っているのである。

詳細はニューヨーク州などが取り纏める報告書を待たなければならないが、今回の米国での停電は、電力設備の設計・設置の形態やメンテナンスなどの管理面で自然災害に対する備えが必ずしも十分でなく、広範かつ膨大な設備に被害が同時発生して復旧の手が足りなかったことが長期化の原因だと推察される。同時に大規模自然災害などの電力設備被災で発電所停止等による急激かつ大きい需給ギャップやネットワーク事故による電力流通の寸断が生じる場合には、価格メカニズムによる需給調整や混雑管理では間に合わず停電するしかないわけだ。

また、連邦エネルギー規制委員会はこれらISO/RTOが設立され卸電力市場が整備された地域での価格メカニズムによる需要削減(デマンドレスポンス)ポテンシャルをピーク需要の6-7%と評価している。電力システムの供給信頼度を保つためには、ピーク需要に対して持つべき供給力の余力(供給予備力)は8-10%と言われているから、仮にこの削減ポテンシャルすべてを緊急事態に活用出来たとしても、供給余力の一部を代替するに過ぎず、自然災害により供給を想定需要が上回るような需給ギャップ(予備力がマイナスになる事態)や流通ルートの損壊による途絶が生じた際には停電が生じたり、計画停電・供給制限を行うなどの措置に頼らざるを得ない。

これは発送電分離の進んだ米国でも同じことであり、今回のニューヨーク州だけでなく、発送電分離と全面自由化が行われたカリフォルニア州やテキサス州でも計画停電が実施されている。カリフォルニア州では2001年の電力危機発生時の計5回の計画停電に加えて、電力危機収束後の2005年8月にも気温上昇による需要増加により90万kWの計画停電を実施している。

またテキサス州の独立系統運用機関ERCOT(テキサス信頼度協議会)でも過去2回(2006年4月17日(季節はずれの気温上昇)と2011年2月1日(寒波))、想定を上回る需要増加と発電機不調が重なって生じた需給キャップを需要削減だけでは吸収できずに計画停電が行われている(特に2011年には400万kWの計画停電実施)。

サンディによる米国での大規模停電を通じてわかったことを纏めると、以下の様に要約できるだろう。第一に米国北東部地域のように電気事業のアンバンドリングや卸電力市場の整備が進んで、需給調整や送配電網の混雑管理に価格メカニズムを最大限に活用している地域でも、価格メカニズムが停電を抑制する効果は極めて限定的であるということだ。


第二に電気事業における産業組織の「モジュール化」すなわち発送電分離型の電力システムが自然災害などの環境変化に強いという形跡は認められないということだ。むしろ大規模停電復旧の過程では、発電・送電・配電・需要家設備すべての復旧を短期間で整合的に行う必要があるため、「モジュール化」組織に移行するのであれば、各モジュール間のインターフェースが適切に設計されないと、かえって復旧が長引く畏れがあることに留意すべきだろう。

そもそも青木氏の主張は、多様なモジュールが市場から殆ど制約なく調達できることを前提としているように思われ、モジュールたる電気設備が稀少になっている大災害発生時に氏の論を適用するのは無理があるように感じる。


発送電分離や価格メカニズムの活用が進んだ欧米の電力システムも万能ではないのだ。わが国では原発事故によって電力システムの弱点が露呈したことを前提にした電力システム改革が進められようとしているが、その前提自体に疑問があると言えるだろう。むしろ原発事故を契機として露わになったのは脆弱なエネルギーセキュリティそのものであり、その確保にこそエネルギー政策の重点がおかれるべきだろう。発送電分離を目的化することなく、日本経済の発展につながりうる建設的な電力システム改革議論が進むことに期待したい。

(参考)
米国立ハリケーンセンターホームページ
エジソン電気協会ホームページ
コンソリデーテッド・エジソン社説明資料