国内外で、メディアの中心価値を“ヒト”に置く動きが顕在化してきた。スター執筆者を軸にした独立型メディア、執筆者を購読するメディアなどが動き出す。メディア企業がヒトを軸とした課金制に向かうヒントを述べる。
「メディアのコンテンツ課金 新たなブレークスルーの出現」で、米国の人気政治コラムニストが大手メディア Beast 傘下を離れ、自ら課金ブログメディアをスタートしたケースを取り上げました。
この現象は、大規模なアクセスを集めるメディアサイトでない限り、市場の大きい米国においても広告収入で自立することは難しく、その結果、広告収入確保のためには広く耳目を集めるようなメディア運営に偏らざるを得ないメディアの“悩み”の存在を示唆します。
であれば、広告に代わる効果的な課金手法が求められます。
課金は古くて新しい課題です。しかし、成功の方程式が定まったとはいえません。
さらに、課金へのアプローチには、もうひとつポイントがあります。それは、お金を支払う読者と執筆者との関係性についてです。
上記 Andrew Sullivan 氏独立のケースは、広告ビジネス離れ=課金メディア立ち上げという試みであると同時に、読者(ユーザー)は“何に対してお金を支払うのか”についてのひとつの仮説でもあります。
すなわち、大手傘下のメディアブランドに対してではなく、Sullivan 氏に対するきずなの代価として購読料があるという仮説なのです。
それが故に、同氏はメディア独立に際して、一律の購読料の設定ではなく、ユーザーが金額を決めるという“寄付金”的アプローチをとったのでした。
昨今、いくつもの有料メルマガサービスが立ち上がっているわが国での情勢も、ユーザーに対して、お気に入りのオピニオンリーダーである執筆者をメディアブランドから離れて直接サポートする個人課金へと誘導しようとする動きに見えます(むろん、それが楽観視できる結果を生んでいないとしても、です)。
本稿は、新聞社や一部の Web メディアで動き始めている“コンテンツへの課金”モデルから、“ヒト(執筆者)への課金”モデルへのシフトを検討するものです。
そうはいっても、有料個人ブログやメルマガの手法を議論するものではありません。先に述べた「読者と執筆者の関係」を見直し、メディア企業が執筆者を前面に打ち出したメディアの有料化戦略を議論したいと思います。
もうひとつ、興味深い最近のトピックを紹介しておきましょう。
オランダの新興メディア企業が最近リリースしたニュースアプリ DNP は、資金難ですでに前年に閉鎖ずみのフリーペーパー新聞の編集長が、その執筆陣を引き連れサービスインに持ち込んだという興味深いニュースアプリです(ダウンロードサイト → こちら)。
同アプリは、“われわれが信じるのは人々やジャーナリストであり、それはメディアブランド以上のものだ”との信念の下に設計・デザインされています。特徴は、DNP に集まった寄稿執筆者らを、その執筆記事単体やパッケージとして選択的に購読できることです。アプリ上で目にした記事を購入することもできれば、執筆者を選択して購入に至ることもできます。
スタート時点で執筆者らは11名。しかし、年内に50名にまでそれを増やしたいとの抱負を表明しています(参照 → こちら)。
同アプリがユニークな点は明らかでしょう。アプリは個々の執筆者とそのコンテンツを売るための場(市場)であると同時に、それ自体がメディアであるということです。執筆者らは App Store の販売手数料を差し引いた残余の75%を受け取ります。DNP 自体は無償 iOS アプリですが、コンテンツ単体もしくは執筆者のコンテンツ全体を購読する際に、Apple App Store が有するアプリ内課金の仕組みを用います。
さて、議論を引き戻しましょう。“(コンテンツへのではなく)ヒトへの課金”モデルについてです。
紹介したいオピニオンがあります。paidContent に掲載された「Five ways media companies can build paywalls around people instead of content」(コンテンツの代わりとなるヒトへのペイウォール メディア企業が構築可能な5つのモデル)です。新聞メディアがペイウォール(有料課金の壁)化していく流れに反対論を唱え続ける Mathew Ingram 氏の論です。
同氏は、この論で新聞メディア等が読者の関心事やニーズの違いなどにきめ細かい注意を払うことなく一律の課金の壁を設けることに反対します。
氏は、メディアや執筆者に対するこだわりのない読者に向けて単純に課金制限を設ければ、同じようなニュースを提供する無料メディアに向かわしてしまうとします。逆に、お気に入りの執筆者にこだわりがあるような読者に対して、そのお気に入り執筆者のコンテンツを購入するという切り口を設けるべきだと、氏は主張するのです。
そして、そのようなアプローチがビジネスとしてプラスに作用するようにするためには、ペイウォールが“引き算”ではなく“足し算”となるようにすべきと述べます。つまり、ニュース記事を読むことに単純に制限を設けるのではなく、“それに加えて”お気に入り執筆者との関わり、きずなを深めるような施策を設けて、それに課金をすべきだというのです。
5つの手法のすべてを紹介しませんが、たとえばこんな風にです。
- 一人の執筆者のすべてのコンテンツを集約して有料パッケージとする……New York Times の Nick Kristof、Wall Street Journal の Walt Mossberg、そして、Reuters の Felix Salmon 氏らのように、その名の下に読者を見いだせるのなら、これら執筆者のすべてのコンテンツにアクセスしやすいパッケージ化が可能だ。 それが新聞に掲載されたニュース記事やブログ投稿であろうと、あるいは、インタビュー動画、さらには Twitter への投稿であろうとも。 お気に入り執筆者のコンテンツを見つけやすくし閲覧しやすくするという点で、それは読者にアピールするものだ
- お気に入りの執筆者らのライブイベントを提供する……すでに各種メディアではリアルイベントによるマネタイズが行われている。しかし、それはなにも500人規模のカンファレンスでなくてよい。もっと小規模で限定的な読者グループにライブイベントを提供してはどうだろうか? そこでは、掘り下げたテーマのインタビューを読者(参加者)は聴くことができ、また、同好の士どうしの交流を行うことができるようにするのだ
- お気に入り執筆者への Q&A に対して有料課金する……投資家向けの財務分析、踏み込んだ政治論議、ハイテク知識など、専門分野に関する質問への回答に課金する手法がある。ジャーナリズムとしての摩擦を懸念する向きもあるかもしれないが、適正に扱えば懸念には及ばない。
執筆者のブランド力や専門知識をテコにしたビジネス手法は、同記事が掲げる5つ以外にも思いつくことが出てくるでしょう。しかし、そのようなアイデアと同じくらい重要な点が、“ヒトによる課金”モデルにはあるのです。それは、執筆者らのブランド価値を高めていくこと、もしくは、その高い価値を認識してそれを活用していこうという方向性です。
その点について、同記事は以下のように述べています。
(記事が述べる5つの施策で)Andrew Sullivan のようなスター執筆者が独立してしまうようなケースを阻止できるだろうか? 保証はない。しかし、もし執筆者が、執筆している新聞や雑誌が自分を(重要な)パートナーとして扱っているのを見れば、自らの商売を始めようと考えるケースは少なくなるだろう。とりわけ、新聞や雑誌メディアが持っているマーケティング力が自らのために提供されればなおさらだ。
同記事は、音楽産業が、新聞や雑誌メディアに先行して、楽曲販売不振の苦しみの後にアーティストとの接点を深める消費に向かっている点を指摘しています。
読者が読みたいコンテンツをそうでないコンテンツから選別しようとする際、重要な指標を、“だれがそれを書いたのか”という軸へとシフトしていくことは大いにあり得ます。とすれば、メディア企業は、自らの重要な資産が産出してきたコンテンツを保有する権利と同時に、それを今後とも生み出す“ヒト”の重要性に気づくことになります。
次に、それをビジネスの原動力にすえた展開を真剣に考える時期が間もなくやってくるはずです。
(藤村)
編集部より:この記事は「BLOG ON DIGITAL MEDIA」2013年2月18日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった藤村厚夫氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はBLOG ON DIGITAL MEDIAをご覧ください。