電力需要の平準化:「エネルギー・マネージメント」という試み

小黒 一正

福島原発事故以降、電力問題は原発・火力・天然ガスの将来像や、再生可能エネルギー(例:水力・風力・地熱・太陽光)を巡った供給サイドの議論がメディア上では多い。だが、通常の経済学では、供給サイドのみでなく、需要サイドの議論も存在するはずである。

この需要サイドの議論のうち、最も馴染みが深いのは、いわゆる「省エネ対策」(節電を含む)であろう。総合エネルギー統計によると、1973年から2010年にかけて、日本全体の最終エネルギー消費量は約1.4倍に増加しているが、実質GDPはこの間で約2.3倍に増加しており、実質GDP比で比較すると、日本は相当の省エネを進めてきたことが分かる。

しかし、部門別(産業・運輸・民生)での姿は様相が異なる。というのは、1973年から2010年にかけて、産業部門の最終エネルギー消費量は約0.9倍に減少しているものの、運輸部門は約1.9倍、家計部門は約2.5倍に増加しているためである。このうち、実質GDPの伸び(約2.3倍)を超えているのは家計部門であり、この部門の電力需要を制御する方法の検討も重要である。


この点で興味深いのは、アメリカ(例:カリフォルニア州・テキサス州)の電力会社が導入している「エネルギー・マネージメント」である。エネルギー・マネージメントとは、供給側の状況に応じて、エネルギー需要を変化させる管理手法をいう。電力の場合、マネージメントの鍵を握るのは、「ピーク時の電力需要との関係でどう安定的に電力供給を行うか」という視点である。

例えば、夏の電力需要(kW)が、以下の図表のように、黒色・実線の形状をとっており、潜在的電力供給量が①の水準であるケースを考えよう。

アゴラ第59回(図表)

このケースは、潜在的電力供給量の水準が①であるため、ピーク時の電力需要(点A)に対応できない状況を意味する。その際、供給サイドの議論では、通常、潜在的な電力供給量を水準が②のように、ピーク時の電力需要(点A)を上回るように拡充する必要がある。

しかし、需要サイドの議論も存在する。例えば、カリフォルニア州の電力会社では、以下の料金プランを導入し、電力需要を図表の黒色・点線のように制御している(出所:資源エネルギー庁資料)。

(1) 電力需要のピーク時にエアコンを1時間に15分切る権利を付与する一方、その対価として家計に一定のキャッシュ・バックを行う料金プランや、
(2) 電力需要のピーク時の電気料金を2.7倍にする一方、それ以外の時間帯の電気料金を2割安にする料金プラン


この場合、黒色・点線のピーク時の電力需要は、潜在的な電力供給量の水準①の範囲内にあることから、潜在的な電力供給量の水準を引き上げる必要はない。同様の試みはテキサス州でも実施されており、「テキサス州の大手電力会社であるOncor Electric Delivery社は「こうした需要抑制策によって電力使用量を5~15%削減できる」」(日経・電子版2011年4月18日)との報道もある。

もっとも、以上のような「エネルギー・マネージメント」を行うためには、スマートメーター(遠隔で電力量を検針等が可能な次世代電力計)の導入が不可欠である。だが、現在のところ、家計部門での導入は僅かに過ぎない。

このため、政府は「5年間で総需要の8割をスマートメーター化」(2011年7月エネルギー・環境会議決定)するとしており、例えば、東京電力(関西電力は2018年度(2016年度)までに全世帯の5割、遅くとも2023年度までに全戸導入を目指すとしている。

今後、スマートメーター導入が広がっていけば、「エネルギー・マネージメント」の環境が整う可能性があり、電力問題を巡っては供給サイドの議論のみでなく、需要サイドの議論もこれから深めていくことを期待したい。

(一橋大学経済研究所准教授 小黒一正)