温暖化対策、「地球を守れ」と感情先行は無意味--書評ロンボルグ

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book GEPR編集部

世界のベストセラーを読み解く

やや古くなったが、2008年に刊行された『地球と一緒に頭を冷やせ! ~ 温暖化問題を問いなおす』(ビョルン・ロンボルグ著 ソフトバンククリエイティブ)という本から、温暖化問題を考えたい。日本語訳は意図的に文章を口語に崩しているようで読みづらい面がある。しかし本の内容はとても興味深く、今日的意味を持つものだ。


ロンボルグ氏はデンマークの統計学者で、環境問題をめぐる世界的なオピニオンリーダーの一人だ。「コストと効果を考え、温暖化、環境問題に向き合おう」という主張を行っている。

日本での環境問題、原発問題を調べると、コストや実現可能性を考えない感情論を繰り返す人が多く、うんざりする場面がある。実は他国でも、「政策論に感情論が混同する」というよく似た問題が起こるようだ。最近の日本では忘れられたかのように見える地球温暖化問題で、「温暖化で世界が滅びる」式の議論が各国であった。

そうした議論に、異論を唱えたのがロンボルグ氏だ。2010年のインタビューでは、ある程度の温暖化対策の必要性を認めたが(英ガーディアン『Bjorn Lomborg: in his own words』(ロンボルグ発言一覧))考えの本質は変わっていない。「効果を見て冷静に考えよう」と正論を主張している。

温暖化を考える10の質問

この本の主張は、本の末尾に書かれた温暖化問題を考えるための「10の質問」に凝縮できるだろう。それを紹介してみる。

【メディア関係者――そしてぼくたちみんな――のための10の質問】

1)問題の規模はどれくらい?

温暖化による暑さで人が死ぬというがそれは何人か、など。ちなみに本書によれば、暑さで死ぬ人の増加は2050年に全世界で36万5000人という推計だ。

2)その問題によい側面はないの?

死者の問題では、2050年には温暖化で、全世界で170万人が救われる可能性があるそうだ。寒さより暑さの方が身体には優しいためだ。

3)それであなたの解決策は何?

「京都議定書」なんてバカなことは言わないようにと、ロンボルグ氏は強調する。

4)それをやると、問題のどのくらいが解決できるの?

京都議定書による温室効果ガスの削減は、アメリカが抜けなくても、温暖化を6年遅らせるにすぎないそうだ。

5)それにはいくらかかるの?

京都議定書を「まじめに実行する」=「エネルギー源の転換」をすると、1800億ドルかかるという試算がある。

6)ほかの専門家はどんな解決策を提案しているの?

打ち水、植物を植える、白い建物など、気温を下げる工夫で、たいていの場所の温度は人為的に下げられるそうだ。

7)ほかの専門家はその策でどれくらい問題が解決できると言っているの?

都市で気温を3度くらい下げられる都市もあるそうだ。

8)ほかの専門家はいくらかかると言っているの?

アメリカのロサンゼルス(注:ウィキペディアによれば、ロサンゼルス郡は人口976万人、面積は東京都の約5倍に相当する1万2308万平方キロメートル)の例を、ロンボルグ氏は示している。1100万本の植樹をして、500万世帯のほとんどの屋根を改修、道路の4分の1を補修すると、その費用は1回だけで10億ドルです。それはエアコン代を毎年11・7億ドルずつ引き下げ、スモッグ削減効果で3・6億ドルの便益をもたらし、市街地が緑化できるメリットがある。

9)経済学者に費用と効果の分析をしてもらってください

ロサンゼルスのこの改造による投資1ドル当たりの効果は2ドル程度。京都議定書の効果は同33セントだそうです。

10)それを世界のほかの問題の解決策と比べてください

1ドルで40ドル分の効果があるエイズ予防、30ドルの栄養失調対策、20ドルの自由貿易、10ドルのマラリア予防と比べると、33セントの京都議定書は効果が小さすぎるとのことだ。


温暖化で起こっている問題と対策はこれらの質問によって問い直すべきだと、ロンボルグは主張する。これは私たちが、環境・エネルギー問題を考える際に、検証すべき論点だろう。普通の社会問題を考える場合や、生活の中の「ライフハック」(仕事術)にも、この問いかけは使えそうだ。

温暖化対策は、他の対策との比較を

そしてロンボルグ氏は、自らが中心の一人になってまとめたコペンハーゲンコンセンサスというプロジェクトを紹介する。04年、08年、12年に行われた。

本で紹介されたのは04年の会議だ。このプロジェクトでは、現在人類が直面する10の地球的問題と解決策を洗い出した。10の問題とは「大気汚染」、「紛争」、「病気」、「教育」、「地球温暖化」、「栄養不良と飢餓」、「衛生と水」、「補助金と貿易障壁」、「テロ」、「女性と開発」だ。その対策を世界で最も著名な経済学者8人が効果の点で「どのような方法が最善であるのか」と順位付けした。

興味深い結果だった。トップは04年段階ではエイズ治療薬の普及、第2位はビタミン錠剤の配布だった。08年、12年では1位、2位が入れ替わった。過去3回の会議では、温暖化対策は10位以下と下位だった。

「『気候のつまみ』を変えるだけで、世界の抱える多くの問題は解決するのだろうか。そして人間はつまみを簡単に変えられるのだろうか(つまり気温変化に人間は影響をあたえられるのだろうか)。おそらくできない」。本で述べられたロンボルグ氏の意見は正しい。温暖化問題は、必要以上の過剰な注目を世界で集めてしまっている。その注目は本当に大切なことへの関心を薄れさせてしまっているのかもしれない。

経済学は資源配分の学問であり、投入する資源とコスト、もたらす効果に注目する。それは当然、実際の政策でも反映されねばならない。しかし、その知見は、多くの場合、忘れられがちだ。

「ロンボルグ式」議論で決まらない現実

しかし、ロンボルグ氏の議論は、危うさもある。この本に対して、「コンピュータで計算している間に地球が壊れたらどうするのか」という批判が欧米の雑誌に出ていた。試算は前提によって左右されるし、現実には当てはまらない可能性がある。

そして人は合理性だけでは動かない。ロンボルグ氏と、映画『不都合な真実』で温暖化対策を訴えた、アル・ゴア氏の影響の程度の差を考えてみよう。批判はあっても、「人類の未来」という大義に絡め、上手に自分の主張をまとめあげたゴア氏の主張は、世界各国で人々の心の琴線に触れた。

政策は合理性だけでは、進まない。人の意見を聞きすぎて、何も決められない日本の民主主義の現状を見ればよくわかる。感情や利害関係というものが複雑に絡み合う。

日本での温暖化対策費は10年度予算で、政府で1兆9000億円、自治体で1兆1000億円と凄まじい巨額だ。もちろん、これは原子力、交通対策などが二重計上されたために膨らんだものだ。この背景には、温暖化対策を隠れ蓑にして予算を獲得しようとした官僚や政治家の思惑、それを認めた国民の意思がある。

ロンボルグ氏が指摘するように、コストと効果を見極めながら、温暖化問題に向き合うべきなのは当然のことだ。しかしその方向に社会が動くのは、なかなか難しい。

(石井孝明 アゴラ研究所フェロー)