モテたければ「変わり者」になれ

石田 雅彦

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多くの脊椎動物には、免疫系のシステムがあって、これも遺伝子によって作られています。このシステムは主要組織適合遺伝子複合体(MHC)といって、これがあるおかげで病気への抵抗力があったり、がん細胞の増殖を抑えたりすることができます。


ヒトMHCの全塩基配列と遺伝子地図が作られた結果、我々ヒトには今のところわかっているだけで224種類という数の免疫関連遺伝子があります。それらの遺伝子のパターンはとても多種多様、膨大な数の組み合わせです。また、こうした免疫関連遺伝子には優性劣性の別がありません。父親由来の免疫関連遺伝子も、母親からもらった免疫関連遺伝子も、相互優性による免疫システムになってるんですね。

そのため、男性と女性で重なり合わず、それぞれ違う遺伝子を持っていれば、二人の間にできた子どもが対抗できる病気の数は増えます。たとえば、仮に父親が破傷風に強い免疫遺伝子をもっていて、母親が結核菌に強い免疫遺伝子をもっているとすれば、その間にできた子は破傷風にも結核にも強い体質を持つというわけです。

こうした目的のため、ヒト以外の生物ではなるべく違う遺伝子の組み合わせになるよう、フェロモンなんかを使ってパートナー、つまりセックスする相手を探しているようです。近親交配を避けるのも同じ理屈かもしれません。

では、我々ヒトはどうなんでしょうか。

実は、ヒトにフェロモンがあるかどうかはまだよくわかっていません。それなら、フェロモンに似た体臭ではどうか、と考えた研究者がいました。ようするに、自分の遺伝子と違う組み合わせのパートナーを体臭で嗅ぎ分けてるのではないか、という仮説です。

汗のしみこんだTシャツを学生たちに嗅がせたこの実験によれば、人間もどうやら自分と違う免疫パターンの異性に惹かれるらしい。違うパターンのにおいに好感を持つというわけです。これは男女とも同じような結果が出たそうで、このにおいのパターンの違いがモテモテ遺伝子なのかもしれません。

だとすれば、その男性の免疫パターンが、周囲の女性たちが持つ免疫パターンの多数派と違う場合、その男性はモテるんじゃないのか。つまり、自分とまったく違うタイプの異性の集団からなら、もしかするとモテる可能性がある。これ、美女と野獣の論理ですな。自分と違う免疫関連遺伝子のタイプを持っている女性の集団を見つけることができれば、あなたはそこではモテモテくんだ。

実際、ニホンザルなど、メスが優位の群を形成するサルの場合、従来からいる順位の高いオスより、下位のオスやよそ者、新参者のオスなどのほうがモテるそうです。ニホンザルのDNAを調べると、子どもの父親が必ずしも順位の高いオスとは限らず、むしろこうした下位やよそ者のオスのほうがより多く父親になっていたというわけ。これも、おそらく遺伝子の多様性を高めるための行動でしょう。

ところが一方で、女性が自分と違う遺伝子タイプのにおいの男性に惹かれるという実験とは反対の結果、女性は自分の父親の免疫関連遺伝子(HLA)のにおい、つまり近い関係のにおいに安心感を抱くという研究もあります。ただ、これは性的に惹かれるというより、どうも安心できるというにおいらしい。ドキドキするのではなく、ホッとする癒し系のにおいなんですね。

この違いはおそらく、病気に強い男性から遺伝子をもらって子どもを産み、子育ては父親のように安心できる男性に手伝わせたい、という女性のしたたかな戦略が背景にあるのではないか、と思います。セックスの相手、精子をもらう相手は違う免疫系のタイプ。結婚する相手、子育てを一緒にするパートナーなら同じタイプというわけです。

浮気タイプ、不特定多数の女性とセックスしたい男性なら、自分と違う遺伝子のタイプの女性集団に接近したほうがいい。一人の女性と安心して子どもを育てたいタイプの男性は、たぶん自分と遺伝的に似たタイプの女性からモテるでしょう。ただ後者の場合、知らないうちに他人の子の子育てを手伝わされるリスクがあります。

ところで、女性に性的な相手として違うタイプを選ぶという傾向があるとすると、時間がたてばいつしか遺伝子が混ざり合い、均一化して多様なパターンは少なくなっていくはずです。でも、不思議なことに多様性はなくならない。なぜなんでしょうか。

これについては、熱帯魚のグッピーを使った実験があります。

この実験によると、グッピーでは珍しい色柄のオスのほうが生き残る割合が多かったそうです。個性的で「変わった」個体のほうがより多く生き残るので、常に多様な遺伝子が維持されるのではないか、ということが考えられる。つまりメスには、珍しい相手、新しい相手に惹かれる遺伝子のメカニズムが働いているんでしょう。

これもまた遺伝子の多様性のたまものであり、変わった色柄のオスのほうがサバイバル能力に長けている、ということになる。メスもまた「変わり者」のほうが自分の遺伝子を残しやすいので選びがち、というわけです。

個性的な個体と免疫パターンに関係があるかどうかはわかりませんが、そう言えばミュージシャンがモテるのも個性的で変わってるからかもしれません。我々ヒトはフェロモンを失い、「変わり者」となって異性を惹き付けるようになった。しかし、変はキモイと紙一重。モテるというのは難しい永遠のテーマですが、この「違い」と「多様性」をヒントにすれば、モテる秘密がもっとわかってくるかもしれません。

ただまあ昨今のネット普及社会では、「バカ発見器」とも揶揄されるTwitter上などで「変人」が跋扈しとります。ネットお見合いで「秒速」に結婚する、なんてヒトもいて、ダマそう、ダマされたい、という予定調和もまかり通っている。こんなに「変人」ばかりでは、遺伝的差異を見出すのが難しくなるんじゃね、という心配は余計なお世話でしょうか。