納税意識が低いままだと日本は大変なことになる --- 岡本 裕明

アゴラ

カナダの4月30日とは国民が確定申告を行う最終期限日であります。日本と違い、会社が代わって申告をしてくれませんので自分で前年度の税務申告をしなくてはいけないのです。

すべての人がこの税務申告をするのはいかにも大変そうですが、若いときから年中行事のようにやっているわけですから特に変則的なことがない限り、15分から30分程度で出来るものです。私はちなみにコンピューターのソフトウェアをあえて使わず、古い手書き式のフォームを長年使い続けています。


なぜ、手書きフォームかといえばまず、自分の所得に対してどういう控除があり、税がどういう風に計算されていくのか、体系的に非常によく理解できるのです。また、前年と控除額が変わったところなどが割と簡単にわかり、なるほど、今年はこのあたりが減税(ないし増税)されているな、というのがわかりやすいのです。

また、仮に申告内容に間違いがあった場合でも2ヵ月後ぐらいに来る税務当局からの申告通知書に間違いの指摘がすべて掲載されてきます。そして再計算した結果、こうなったという詳細の説明が通知書に記載されてきます。これは翌年以降の間違い防止に役に立ち、結果として税の認識が深まるのです。

日本は税収不足による財政赤字に目も当てられないのですが、もしもすべての国民がカナダと同じように確定申告の義務があるとすればどうなるでしょうか? 少なくとも自分の税金がどういう風に計算され、控除とはどのような恩恵であり、結果として過不足はあるのか、という流れが手に取るようにわかるでしょう。それは国民が税に対する理解度を深め、政府が増税、減税とたびたび議論する意味が良くわかるようになるのではないでしょうか?

また、国民の税意識を深めることは自分たちの税金がどのように使われているのか、という関心にも繋がるかもしれませんし、お金という興味からはいかに節税をするか、という知恵を絞ることも出来るかもしれません。

日本は制度的に「縦割り」があらゆるところに存在し、結果としてこの税務申告も納税者であるサラリーマンの大半の方は興味を持っていないはずです。興味を持たない理由は「税金を取るのは国なのだから国がその計算ぐらいすべきだ」という発想に近いのではないでしょうか? しかし、役人とは国民に代わってサービスをする人ですが、究極的には国民のお金を事務管理するだけなのであります。

財政赤字が国の運営の仕方が悪いからだ、と責任を押し付けてしまうのはある意味、日本の悪いところです。カナダは財政均衡の為に極めて厳しい予算配分を行うことがしばしばあります。結果として政府部門のサービスは大幅にカットされ、国民はその不便に耐えなければならないのです。

アメリカでも同じことが起きています。債務削減交渉がうまく行かない今、国境の税関、入国審査官を大幅に減らしてしまいました。何が起きているかといえば、空港にはあふれんばかりの国際線到着客や国際線乗り換え客が列をなし、飛行機はその行列で遅れている客を待つため、出発できず、飛行場はその駐機場が空かないため、次の到着した飛行機が客を降ろせないという実にばかばかしい状況が日常的に生じているのです。その不便は結論的には税収入が十分でなく、支出に回せないということなのであります。

日本は空前の財政赤字なのにもかかわらず、大盤振る舞いの状況が続いておりますが、政府部門のサービス縮小はいつか、避けて通れない状況になるかもしれません。そのときに自分たちの税金ではなぜ足りないのかということを実感するのでしょうか?

私は学校教育の一環として税の流れをもっと小さいうちから勉強させるのも一手ではないかと思います。自分たちの国は自分たちの稼ぎの一部で支えているのである、という意識を育ませる事は日本の財政赤字の構造的解決の一つの方法となりえると思っています。

今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2013年5月1日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。