日本はグローバル化のトップ・ランナー

池田 信夫

共産主義者宣言 (平凡社ライブラリー)きのうの記事でも書いたことだが、グローバル資本主義の暴力的な本質をもっとも的確にとらえていたのはマルクスであり、それは今も変わらない。1848年に書かれた本書の次のような予言は、早すぎたのだ。

ブルジョア階級は、世界市場の開拓を通して、あらゆる国々の生産と消費を国籍を超えたものとした。反動派の悲嘆を尻目に、ブルジョア階級は、産業の足元から民族的土台を切り崩していった。民族的な伝統産業は破壊され、なお日に日に破壊されている。それらの産業は新しい産業に駆逐され、この新たな産業の導入がすべての文明国民の死活問題となる。(p.19)


この宣言の書かれたころ、世界のGDPに占める貿易額の比率は10%にも満たなかったが、20世紀後半からグローバル化は急速に進展し、今ではその比率は50%を超える。マルクスの時代には欧米の一部とその植民地にあっただけの「世界市場」が、今では全世界をおおっているのだ。それを加速するのがテクノロジーである。

機械がますます労働の差異を消滅させ、賃金をほとんどどこにおいても一様に低い水準に押し下げるために、プロレタリア階級の内部における利害や生活状態はいっそう平均化される。ブルジョア相互の競争の増大と、そこから生じる商業恐慌が、労働者の賃金をますます動揺させる。(p.28)

かつて資本主義が国内で機能していたときは、経済成長とともにプロレタリアートも豊かになったが、国際間ではそういう所得再分配が行なわれないので、中国の賃金が上がったらミャンマーやバングラデシュへ・・・と絶えず低賃金を求めて資本は移動する。生存最低水準で生活している人々は10億人以上いるので、単純労働賃金の低下は今後も数十年は続くだろう。


世界各国の消費者物価指数(総務省調べ)

いま日本で起こっている「デフレ」と呼ばれる現象は、このグローバルな要素価格均等化の始まりに過ぎない。日本は90年代から賃金を下げてそれに対応したが、欧米諸国は20年近く遅れて同じように金融危機を経験し、図のように債務削減と賃下げでdisinflationの局面に入りつつある。単位労働コストが新興国に近づいてユニクロ化する日本は、グローバル資本主義のトップ・ランナーなのだ。

マルクスの予言した通り、これは戦争である。したがってグローバルに闘う企業は日本的経営を捨て、日本的経営を捨てられない企業は国内に逃げるしかない。そして政府がやるべきなのは、この流れに逆らってインフレを起こすことではなく、労働市場を流動化して「年収1億円か100万円か」に2極化する世界の中で生き残れる人材を育成する制度設計である。