マスコミの偏った奨学金滞納報道

本山 勝寛

最近、奨学金の滞納問題に関する記事が目立ち、負の部分にばかりスポットが当てられていることにちょっとした懸念を感じる。(例えばNHK特集「奨学金が返せない」や、ブロゴスの“「夢」のために借りた奨学金と滞納が増加している「現実」 ”など。)確かに課題となっている部分を指摘して、制度改善を迫ったり、借り手に注意を促すことは価値のあることだ。しかし、同時にポジティブな部分にもしっかりと光を当てることも同じく重要であると思う。そこで、奨学金の恩恵を最大限に受け、今も返済を続けている私自身の経験も踏まえながら、この問題について考えてみたい。


私は「極貧」と言ってもいいであろう家庭環境の中で育った。高校1年から卒業まで親は家にいない状態で、アルバイトをしながら生活費を工面していた。日本育英会(当時、現在は日本学生支援機構)の奨学金も借りていた。高3になり受験勉強に本格的に取り組み始め、アルバイトを辞めざるを得なかったため、収入が月1万4000円の奨学金のみとなった。あらゆる節約をして、米とキャベツだけで飢えをしのいだ時期もある。もちろん塾や家庭教師に頼ることなどできなかったが、選びに選び抜いた参考書と問題集を奨学金から購入し、ボロボロになるまで使った。結果的に、東京大学に合格できた。

お金がなかったので初めから私立は考えていなかったが、大学に行くと高校よりも多く奨学金を借りられることを聞いていたので、それを活用しようと思っていた。実際に大学に入ると、国公立大学が実施している授業料免除制度があることも知り、大学4年間はその恩恵を受けた。さらに、育英会から無利子の第I種奨学金を月約5万円借りて生活費の一部にあて、出身自治体が行っていた大分市の無利子奨学金を月3万円借りて、高校生の妹がいる家に仕送りしていた。もちろん、アルバイトもたくさん経験した。

この授業料免除と奨学金制度がなければ、決して東大に通うことはできなかっただろう。アルバイトも、学問ができないくらいやらなければならなかったはずだ。奨学金により素晴らしい学びの環境が与えられ、多くの可能性を開かせてくれたことに心から感謝している。

その後、ハーバード教育大学院にも通うことになったが、そのときはハーバードが提供していた学費の一部免除制度や自分が働いて貯金したお金、個人的な支援などによって留学することができた。これも、奨学金がなければ難しかったし、そもそも奨学金の恩恵を最大限に受けた東大での学習機会がなければあり得なかった。

卒業後、高給取りな職には就かなかったが、合計で借りた約400万円の奨学金をコツコツと返済しており、大分市の奨学金はまとめて完済した。毎月の返済は正直きついが、この奨学金がなければ今の自分はなかったわけであり、無利子での返済を許されていること自体が支援を受けていることだと感謝している。

私の経験は単なる一例に過ぎないが、私と同じように奨学金により高等教育を受けることができ、今も返済中の方々が実に300万人近くいる。加えて、現在貸与中の方は約120万人だ。このうち3カ月以上延滞せざるを得ない状況にある方は約20万人だ。20万だけを取り出すとかなり大きな数字に見えるが、全体から見ると約7%である。残りの約93%、280万人近くはコツコツと返済を続けているのだ。マスコミは「滞納者が急増し過去最多」と書きたてるが、実はそれ以上に全体の貸与者・返還者が急増しているのであり、滞納者の比率はむしろ減っているのである。

日本学生支援機構が発表()している要返還債権額に対する3カ月以上の延滞債権額の比率の推移をみても、平成16年度の7.9%から毎年減少傾向にあり、平成22年度は6.0%に減っている。また、無利子でも有利子でも返済率に大きな差はない。6-7%といえば、日本の失業率と大差なく、若年失業率とほぼ一致する。したがって、大雑把に言ってしまえば、奨学金の延滞問題は失業や非正規雇用の低賃金などの問題であり、奨学金制度そのものに問題があるというわけではない。

これを必要以上に問題視することで、日本学生支援機構側が過度に返済を強いるようになることがかえって問題を悪化させてしまうこともある。実際に、延滞が3カ月続くと個人信用情報機関に登録するという措置を3年前から取っているようだ(参照)。さらには、6カ月以上延滞が続くと延滞分に対して年率10%もの利子が課される(参照:本来は有利子奨学金でも最大3%で通常1%前後。この延滞分利率を10%から5%に引き下げる方針が発表された。)。もちろん、返せる人は返すことが当然の義務だが、信用機関に登録されたり、利息が上がることで、より生活が苦しくなり、負の連鎖から抜け出せなくなる可能性がある。各自の状況に応じて柔軟に返済計画を立てられるよう支援することも必要ではないだろうか。

奨学金は、経済的に困難な人々にも教育機会を提供し、経済格差と教育格差の負の連鎖を断つ可能性を持つ素晴らしい制度だ。日本では多くの人々がその恩恵を受け、そして実際に返済をしている。そのことを確認したうえで、奨学金受給者に寄り添いながら制度的な改善に努めるべきである。

*極貧生活のなか奨学金を受けながら東大、ハーバード受験をした私自身の経験は以下の著作にまとめていますので、ご関心のある方はご笑覧下さい。
お金がなくても東大合格、英語がダメでもハーバード留学、僕の独学戦記
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学びのエバンジェリスト
本山勝寛
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