瀬古典明
工学博士 独立行政法人日本原子力研究開発機構
解説・GEPR編集部:日本が他国に比べて先駆的に研究を進めているとされる海水ウランについて、その研究の中心である瀬古博士に寄稿していただきました。日本の核燃料サイクル政策、高速増殖炉計画は、数十年以内のウランの枯渇がその実施理由とされてきました。今の在来型のウラン単価がキログラム当たり1万5000円程度。この技術が進化し、単価が下がれば、核燃料サイクル、再処理の必要がなくなります。
(以下本文)
排他的経済水域(EEZ)で使える大量のウラン
海は人間にとって身近でありながら、他方最も未知な存在とも言える。その海は未知が故に多くの可能性を秘めており、食料庫として利用しているのみならず、たくさんのエネルギー資源が存在している。
日本の海洋利権に関する法律に海洋基本法があるが、この基本的な施策として海洋資源の開発及び利用の推進や排他的経済水域等の開発等の推進という項目が挙げられている。わが国の国土面積は37万平方キロメートルと極めて狭いが、その排他的経済水域(EEZ)は447万平方キロと世界でも第6位に位置する広大な海洋面積を有しており、昨今、南鳥島周辺の海底に堆積する希土類金属が発見されたのもこの水域である。
日本がこの優位なEEZを有効に利用して海水から金属資源を捕集する技術を確立することができれば、資源問題に対する大きな解決策となるばかりでなく、エネルギー安全保障上も大きな影響を与えることは間違いがない。
海底にある鉱石は一様に海水にも溶け込んでおり、様々な種類の金属が存在している。低濃度の金属を含めると77元素あると言われており、数多くの有用で希少な金属資源が眠っていることになる。
資源小国の我が国では、これらのほとんどを海外に依存している現状であるが、海に目を向けると、それらを自国でまかなうことができる可能性があることを示している。
例えば、ウランやチタン、バナジウムなどの有用希少金属は、海水1トン当たり2~3 ミリグラムと極めて低濃度であるが、全地球上の海水量を掛け合わせると、各々44、85、28億トンにものぼることが算出できる。ウランの場合、この量は実に陸ウランの推定可採埋蔵量の1000倍以上と推算され、さらに海底の岩盤表層には1000倍以上が含有されており、海水からウランを捕集しても岩盤からの侵出により溶存濃度は一定に保持されると考えられている。
海洋からの補集の取り組み
ウランなどの有用金属を効率的に安価に捕集するためには、捕集能力の高い材料(捕集材)と海洋条件に適した捕集システムの開発が重要な課題であった。日本原子力研究開発機構量子ビーム応用研究部門(旧日本原子力研究所高崎研究所)では、1980年代から海水ウラン捕集材の研究に取り組み、ウランに対して親和性の高いアミドキシム基を有する繊維状の捕集材を放射線グラフト重合という技術を用いて開発してきた。
1999年には、青森県むつ市沖合で浮体係留方式(写真1)という手法を用いた海洋試験を実施し、1キログラムのウラン(イエローケーキ換算)やバナジウムを回収することに成功している(写真2)。
写真1 青森県むつ市沖合で使用した浮体係留方式
写真2 海から捕集したウラン(左)とバナジウム(右)
しかしながら、ウランの採取だけの試算では、ウラン1キロあたりの回収コストは5~10万円であり、当時のウラン価格と比較して採算のとれる手法ではなかった。というのも、この浮体係留方式では、係留に係る費用が全体の8割を占める程、大がかりな具備が必要である上、生け簀の様に海面に浮かばせるため、船の航行などの安全を完全には担保できるものではなかった。(編集部注・2013年時点でウラン鉱石価格で1キロ当たり、1万5000円程度)
そこで、回収コストの大半を占める係留費を低減させるため、捕集材自体に捕集機能と係留機能を一体化させたモール状捕集材(写真3)を考案して検討を進めた。2000年からこの新しい捕集材の開発を行い、翌年から海域試験での評価も同時に進めた。
写真3 捕集機能と係留機能を一体化させたモール状捕集材
海洋試験は、温暖でプランクトンが少なく、微生物による捕集材の目詰まり影響が低いという予想のもと、性能の向上が見込める沖縄海域に移して実施した。沖縄海域の海水温は30度であり、むつ海域より10度高いことから、むつ海域での捕集性能2・0グラムウラン・キログラム-捕集材(1キログラムあたりの捕集材重量換算で2・0グラムのウランを捕集するという意)と比較すると、10度の海水温上昇で捕集性能が1・5倍向上することがわかった。
また、捕集材形状を改良した効果により、むつ海域での捕集性能0・5グラムウラン・キログラム-捕集材と比較すると、捕集性能は3倍向上したことになる。これは、10度の海水温の上昇で、捕集性能が1.5倍向上することを考慮すると、捕集材の形状の改良により、海水との接触効率が向上し、性能が2倍向上したと言える。
また、小規模な試験では、30日浸漬で3・0グラムウラン・キログラム-捕集材の性能が達成されたため、60日での捕集性能は少なくとも、4・0 グラムウラン・キログラム-捕集材はあると見積もることができる。
加えて、モール状捕集材を活用した係留方式では、捕集材芯部にフロートを組込み、海底から立ち上げ、立上げ係留が水面下40メートルまでの間に障害物を置かない構造としたことで、浸漬回収時以外は船舶の航行に支障をきたさない利点があるとともに、その係留方法の特性から、波浪などの海嘯の影響も受けにくく、安全面からも現実性が高い。
残る論点、漁業、海洋関連産業との共生
このような捕集方式を現実的に考える場合、一つの課題として、漁業との共生、つまり捕集材を浸漬することで魚類の生活形態が変わることが危惧される。捕集材は水温が高いほどウランの捕集効率が良くなるので、温暖な海域が好ましいことは述べてきた。
そこで、温暖な黒潮本流のルートを考えると、西表島から宮古島の海域、沖縄から奄美大島の西側海域、種子島・屋久島海域、日向灘、土佐湾などが適地であることが分かる。捕集材の立ち上げ係留が障害となる漁業としては、定置網、養殖イケスなどがある。移動しながら操業する延縄漁、底引き網漁、刺し網漁、巻き網漁などについては今後の課題であるが、捕集材の係留海域との調整が不可能ではないと考えられる。通信・電力関係の海底ケーブルについては、敷設や引上げが頻繁に行われることがないので、2-3カ月毎に引き上げる捕集材の係留とは共存可能と考えられる。
次の検討課題は、漁業とマリンレジャーなどの海洋性レクリエーションとの間では徐々に共存が進む中、果たしてエネルギー資源の確保という観点ではいかがなものであろうか、ということになる。
現在、海洋に関しては、漁獲可能量制度や資源回復計画などにより資源の保存・管理が進められているが、我が国の周辺水域の海洋資源、特に魚介類などの生物資源の状況は、資源評価が行われている資源のうち半分が依然として、その保存・管理の状況は低位水準にあると言われている。これは、海洋環境による影響のほか、沿岸海域の開発等によって水産物の産卵・育成の場となる藻場・干潟の減少などが要因であると述べられている。
海水中からの希少金属を回収するための海洋試験もまた魚介類への影響が懸念される。むつ市沖の試験では、捕集材を充填した係留索などに海草類が固着することやアンカーなどにも貝類が生存していることが確認できたことに加え、捕集材を引き上げる際には、捕集材の中から魚も現れ、まさに魚礁であったことがこの目で確認できている。
また、沖縄沖での試験では、捕集材の繋ぎ目にイカが卵を生み付けており(写真4)、魚の産卵場、稚仔魚の生育の場になりえることも確認できている。モール状捕集材は、好漁場の要素としてあげられるロープの周囲に渦流が生じ、魚類が滞留しやすく、外敵から身を守る構造であることから、まさに魚礁に適した設計になる可能性が高い。
このような捕集方式を現実的に考える場合、一つの課題として、漁業との共生、つまり捕集材を浸漬することで魚類の生活形態が変わることが危惧される。捕集材は水温が高いほどウランの捕集効率が良くなるので、温暖な海域が好ましいことは述べてきた。
そこで、温暖な黒潮本流のルートを考えると、西表島から宮古島の海域、沖縄から奄美大島の西側海域、種子島・屋久島海域、日向灘、土佐湾などが適地であることが分かる。捕集材の立ち上げ係留が障害となる漁業としては、定置網、養殖イケスなどがある。移動しながら操業する延縄漁、底引き網漁、刺し網漁、巻き網漁などについては今後の課題であるが、捕集材の係留海域との調整が不可能ではないと考えられる。通信・電力関係の海底ケーブルについては、敷設や引上げが頻繁に行われることがないので、2~3カ月毎に引き上げる捕集材の係留とは共存可能と考えられる。
次の検討課題は、漁業とマリンレジャーなどの海洋性レクリエーションとの間では徐々に共存が進む中、果たしてエネルギー資源の確保という観点ではいかがなものであろうか、ということになる。
現在、海洋に関しては、漁獲可能量制度や資源回復計画などにより資源の保存・管理が進められているが、我が国の周辺水域の海洋資源、特に魚介類などの生物資源の状況は、資源評価が行われている資源のうち半分が依然として、その保存・管理の状況は低位水準にあると言われている。これは、海洋環境による影響のほか、沿岸海域の開発等によって水産物の産卵・育成の場となる藻場・干潟の減少などが要因であると述べられている。
海水中からの希少金属を回収するための海洋試験もまた魚介類への影響が懸念される。むつ市沖の試験では、捕集材を充填した係留索などに海草類が固着することやアンカーなどにも貝類が生存していることが確認できたことに加え、捕集材を引き上げる際には、捕集材の中から魚も現れ、まさに魚礁であったことがこの目で確認できている。
また、沖縄沖での試験では、捕集材の繋ぎ目にイカが卵を生み付けており(写真4)、魚の産卵場、稚仔魚の生育の場になりえることも確認できている。モール状捕集材は、好漁場の要素としてあげられるロープの周囲に渦流が生じ、魚類が滞留しやすく、外敵から身を守る構造であることから、まさに魚礁に適した設計になる可能性が高い。
写真4 モール状捕集材に生み付けられたイカの卵
海水からのウラン補集が広げる期待
こうしたデータと実験結果を考えると、補集の規模の拡大、補集技術の一段の向上によって、将来的にはウラン1キログラム当たり数万円まで、採取コストを下げることは可能であろう。ウランの自給がほぼできない日本の現状を考えれば、無尽蔵と言える海水からのウラン採取は、原子力を利用するにあたって、有効なエネルギーの手段と言えるであろう。鉱石ウランとの比較でも、十分に採算のある海水からのウラン燃料を作れる。
日本のエネルギー政策を将来に渡って選択肢を限定する必要はない。火力、水力、またシェールガスなどと共存し、これらに係る開発に時間的猶予を与える観点でも海水からのウランを採取するのは、決して非現実的ではなく、極めて実現の可能性が高い手法であると思われる。
また、この補集はウランだけではない。レアメタルなどの利用も可能だ。海水に溶けているウランのみならずレアメタルは、実験室レベルでの精製・利用技術は確立されている。そして、何より探す手間のかからない極めて現実的な埋存資源として利用することができる。補集では、パナジウム、ニッケル、コバルトなどの希少金属を集めることができた。
仮に、金属資源の補集場所が、漁場となって海洋利用に制限がでる場合においても、その海面上では洋上風力発電などとコラボしたエネルギー発電手法などに展開できるのではないだろうか。
福島原発事故以降、原発の停止は余儀なくされている。しかしEEZを利用した新たな可能性を、研究者として期待している。それはウランや鉱物資源の輸出など、日本の新しいビジネスチャンスにも繋がるかもしれない。
瀬古典明(せこ のりあき)工学博士。独立行政法人日本原子力研究開発機構 量子ビーム応用研究部門 環境・産業応用量子ビーム技術研究ユニット 環境機能高分子材料研究グループ 研究主幹・グループリーダー