「脳神経学」ブームに警告 --- 長谷川 良

アゴラ

当コラム欄で「ミラーニューロンが示唆する世界」で脳神経学の最新の動向を報じたが、脳神経学の成果を過大評価することに警告を発する声も聞かれる、そこで今回、オーストリアのカトリック教系週刊誌「フルへェ」最新号の「ニューロ・ハイパーに注意」というタイトルの記事の概要を紹介する。同誌は「神経神話」(NeuroーMythologie)というタイトルの著書を出した若手の薬理学者フェリックス・ハスラー氏(Felix Hasler)とインタビューしている。


fMRIと呼ばれる脳血流動態のニューロイメージングをご存知だろう。人間の脳内機能を探る手段として利用されている。

ハスラー氏は、「fMRIは人間の頭脳内の血流の動きを映し出している。脳神経学者がそのデーターから人間の思考、感情の世界の位置を見つけ出し、過大解釈することは要注意だ。1930年代のニューロン群の動向を脳波(EEG)で捉え、それを解釈する時もそうだった。現代の脳神経科学は全ての人間の動向を説明できる主流科学となったと自負してきた。fMRIが写す画像は人間の頭脳内部を映し出していると受け取られているが、実際は長く、複雑な繋がりと誤算も含めたグラフィックに過ぎない。その画像を早急に結論したり、解釈することは危険だ」

「例えば、画像の頭脳にアブノーマルな部位が映し出されていたら、その人が犯す犯罪はその部分に責任があると判断する、通称“神経法”(Neuro-Rech)と呼ばれるテーマが議論されてきた。全てを脳神経に原因があるとする神経還元主義に強く反対する」

「精神病でも生物、心理、社会学的な多元主義的な観点から診断すべきだが、生物学的観点からだけで判断する傾向が強い。その結果、患者は薬つけとなる。例えば、子供が注意欠陥・多動性障害(ADHS)の診察を受けた場合、リタリン(塩酸メチルフェ二デート)の処方箋をもらう、過去20年間でそのケースが50倍にも急増している。鬱病や他の精神病にも直ぐに薬剤が処方されることが多くなった。脳神経学の画期的な発見というニュースを盲目的に受け入れるべきではない」

ちなみに、ハスラー氏は昨年、独週刊誌シュピーゲルとのインタビューの中で「脳神経学者は鬱病の原因を脳内で見つけようと腐心してきたが、成功していない。脳神経学者は人間の自由意志を単なる幻想と説明している」と述べ、脳内に人間の思考、感情の発祥地を見つけようとしていることに危惧感を抱いている。ハスラー教授は最近の脳神経学のブームを「脳神経学のインフレーション」と呼んでいるほどだ。

ハスラー氏の懸念は、「ラジオ」と「電波」の関係から説明できるかもしれない。fMRIは脳内の構造を映すが、脳内構造をハードウェアの「ラジオ」とすれば、その「ラジオ」そのものからは何の音楽も流れてこない。「ラジオ」が「電波」(ソフトウェア)をキャッチして初めて音楽が流れてくる。ハスラー氏は「脳神経学者はラジオから音楽が流れてくると主張しだしている」と言いたいのだろう。重要な指摘だ。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2013年8月1日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。