人はナゼ本を出すのか --- 山口 俊一

アゴラ

先週の『情熱大陸』で、林真理子さん曰く「印税と原稿料だけで食べていける作家は、日本に50人しかいない」とのこと。

作家が小説家だけなのか、もっと広い意味なのかは分からないが、この言葉が一番印象に残った。


私もコンサルタントとして、共著も含めると10冊くらいの書籍を出した。人事制度構築の実務書が中心なので、合わせても5万部くらいしか売れていないが、仕事の上では大きな貢献をしてきてくれた。

本を出す目的とは何だろう?

人によって様々だが、

1.印税による収入
2.自分や会社のPR
3.考えや知識を広く人々に知ってもらう
4.自分の生きた証や記念として

などが挙げられる。

1.印税による収入

小説家や漫画家など、書物販売から得られる収入を生活の糧としている職業がある。しかし、林さんの言葉のように、印税で食べていくのは至難の業である。

・1,500円の単行本として、印税が通常8~10%程度なので、1冊当たり120~150円。
・100万部売れれば1億円以上になるが、世の中のほとんどの書籍は数千部以下しか売れない。
・仮に、年1冊の発刊として、それだけで生活しようとすれば最低3~5万部、しかも毎年続けられないと生きていけない。
・そもそも、出版社は初版で500万円程度売れないと黒字にならない。1,500円の単行本で3,000部、700円の新書なら7,000部くらい売れる見込みがないと、出版自体のOKが出ないのだ。

2.自分や会社のPR

私のようなコンサルタントや弁護士・会計士などの士業、美容整形クリニックといった専門職に多い目的だ。ノウハウや実績を本にすることで、個人や会社のPRになる。読者が顧客になるというケースのほか、見込顧客への名刺代わりにすることで信用が増す。

3.考えや知識を広く人々に知ってもらう

思想家や宗教家などに限らず、「自分の考えていることやノウハウ・情報を他人に知ってもらいたい」という欲求をもつ人は少なくない。ただし、他人に知ってもらうだけならブログやSNSで十分だ。その方が手間もかからない。苦労してでも書籍にしたいというのは、「自分の考えやノウハウ・情報はそれだけの価値がある」という心理があるのだろう。

4.自分の生きた証や記念として

こんなのあるのかと思われるかもしれないが、経営者などに多い。しかも、年配の方だけでなく、若い経営者の中にも少なからず存在する。凄い実績を残した人であれば、日経新聞から『私の履歴書』への連載を依頼されるかもしれないが、まずあり得ない。また、有名人でもなければ出版社からのOKも出ないので、たいていは自費出版ということになる。そのため、自費出版に力を入れる出版社も増えてきた。編集代や印刷代なども含めて、著者の「自費」で発行されるため、出版社としては絶対に損しないからである。

私が本を出す目的は、2が50%、3が50%といったところだろうか。印税収入だけなら、1冊の本を書き上げる労力を考えたら、とても割に合わない。コンサルタント業につながるという2に加え、人事の実務書なので、本を読んでくれた経営者や人事担当者の役に立てば素直に嬉しい。

さて、最後の相場師と呼ばれた是川銀蔵氏。氏が93歳のときに唯一記した自伝『相場師一代』。まえがきに、この本を出した目的が書かれている。あるライターが止めるのも聞かず、自分の投資一代記を出版してしまった。真実でないことも書かれており、読者が株は儲かると錯覚し、人生を棒にふるような人たちが出てきては困る。そこで、自ら事実を書くことで、

株で成功することは不可能に近いという事実を伝える使命があると思い、筆をとることにした。世間の人達は、私があたかもこの”不可能”を覆して株の売買で成功し、巨万の富を得たと思っているであろう。しかし、決してそうではない。私は実際、今でもすっからかん。財産も何も残ってはいない。このことを著書で警告したいのである。

まえがきの、この一節を読むだけでも、充分な値打ちのある本だと思った。

山口 俊一
株式会社新経営サービス
人事戦略研究所 所長
人事コンサルタント 山口俊一の “視点”