とあるカレー屋の話 --- うさみ のりや

アゴラ

今日はとある行きつけのカレー屋の話。

そのカレー屋は都内の結構なカレー激戦地に店を構えていて、周りにインド風~だとかネパール風~だとか薬膳カレーだとかふんわりオムカレーだとか特色のとんだカレー屋のライバルがたくさん並んでいる中で、細々と常連客を中心に繁盛を続けている。特段大きな特徴もないいわゆる「普通のカレー」を提供している店なのだけれど、なんだか足が向いていしまう。不思議に思ってそのカレー屋の店長に話を聞いてみた。


元々その土地に店を出したのは「周りにカレー屋がないから」という理由だったらしい。それから10年程度はいわゆる地域独占っていうやつで近隣の住人がカレーを求めて自分の店にやってきてくれた。状況が変わったのは近くに大江戸線の駅ができてからで、オフィスが進出してきて急激に出足も増えて、次々と周りに競合のカレー屋が増えてしまった。はじめは特に気にせずドンと構えていたが、少しずつ新しい店に客が流出するようになり、これはまずい、と思い対策を考えるようになった。

まずは調査からと周りのライバル店に食べに行くと確かに美味しいし、かつ店構えもおしゃれだ。自分のボロ屋とはレベルが違う。自分も特色を出してみようと付け焼刃で対抗しようとスタミナカレーやハンバーグカレーといったガテン系を意識したメニューを作ってみたが一向に流行らない。店構えも変えたいが、そんなお金は手元にない。色々と考えた結果「無い物ねだりをしてもどうしようもないから自分のできることを堅実に一つずつやっていこう」という結論にたどり着いた。

とりあえず自分にできるのは「普通のカレー」を作ることなので、周りの特色あるカレーを提供する店との差別化の意味も込めて徹底的に「普通とはなにか」ということを考えることにした。そうした結果でてきたキーワードは「毎日食べることができる」というコンセプト。それにそって既存のメニューを少しずつ見直し、栄養バランスが整っていてマイルドな味付けを心がけることにした。辛いカレーが好きな人でも毎日は食べたがらないだろうと。

その上で「この街にカレーを楽しみに来る」という客のニーズを考えて、自分の店でだけじゃなくて周りの店も含めてカレーを楽しんでもらおうと、積極的にライバル店を紹介することにした。「例えば向かいのAという店は、スパイシーなインド風スープカレーを提供していて熱い夏の日にはぴったりです」というような感じで、近隣のカレー屋マップも作ってみた。新しい店が出来たらすぐに紹介もする。ただあくまで自分の店が味の基準で、自分の店との比較で周りの店を味わって楽しんでください、というようなスタンスは保ち、客に対して無意識に自分の店を起点に街のカレーを楽しむように誘導した(この辺前に紹介したマエアツ戦略とも似てる)。

店の内装もおしゃれに対抗するのはやめて毎日カレーを食べるようなカレー通好みのゴタゴタしたB級感を意識することに。客の意見を積極的に取り入れてカレー通が好きそうな漫画や週刊誌を積極的におくようにした。(結果的に雑誌ならモーニング、Friday、ビックスピリッツ、漫画ならゴルゴ13、白竜というところに落ち着いたらしい。笑)そうするとカレー通がベースキャンプのように自分の店を利用してくれるようになって「とりあえずあそこに寄る」という常連客が増えた。結果として地域で一番特徴がないけれど、常にそれなりに繁盛する店になった。

店の親父さん曰く「お客さんが導いてくれただけ」とのこと。逆に「自分で考えて何か新しいことしようとしたら全部失敗した。結局頭で考えてたことは上手くやりきれない。」とのことだった。なんだか目から鱗の話で、「結局なるようになるんだからお客さんに流されるしかない」という達観を親父さんからは感じて、さながら悟りを開いたブッダのように見えた。

大した話ではないけれど少なくとも「世界のエリートは○○」とか「君は世界と戦えるか」とか「世界との戦い方を教えよう」とかっ言っているような人の話よりかは一億倍くらいはためになった気がする。 人間いくら人と比較しようが自分が実際に切り開ける世界はたかが知れている。あんまり上ばっかり見てると自分を見失うから、足下をみて生きるべきだよな~と。マッチョな思想に毒されて自分を見失って「オレハ世界ヲカエテヤル」とか意気込んで起業した若者たちが敗れ去っていく諸行無常を最近見ていたもので、逆にカレー屋の親父さんが神々しく見えた一日でした。

ではでは今日はこんなところで。


編集部より:このブログは「うさみのりやのブログ」2013年8月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はうさみのりやのブログをご覧ください。