「還暦」が早くやってきた日本経済

池田 信夫

財務省の発表した9月の経常収支は、季節調整後で1252億円の赤字になった。これは統計の連続性のある1996年以降で最大である。


図を見れば明らかなように、日本の貿易収支は2011年から赤字になり、所得収支がそれを補う形になっている。しかし原発の停止による燃料輸入の増加などで、貿易赤字が急速に拡大した。原発停止は向こう10年近く続くので、短期的な要因ではない。日本は今後ずっと経常赤字になるおそれが強い。

経常赤字そのものは、人間が年をとると若いときの貯金を食いつぶして借金で生活するようなもので、必ずしも悪いことではない。問題はその借金が維持できるかどうかだ。マクロ経済的には「輸出-輸入=貯蓄-投資」だから、

 経常黒字=貯蓄超過-財政赤字

家計貯蓄率は高齢化によって間もなくマイナスになる見通しなので、財政赤字が拡大すると経常収支もマイナスになるのは当然だ。もともと2020年ごろには赤字になると予想されていたが、原発停止で思ったより早く「還暦」が来たようなものだ。

経常赤字は長期的には円安要因なので、1ドル=100円以上のレートが定着するだろう。円安は貿易赤字を減らす効果があるが、所得収支も減る。今後、日本が所得収支で食っていくとすれば、円安は成長率のマイナス要因になる。最大の問題は財政だ。上の式から

 財政赤字=貯蓄超過-経常黒字

だから、貯蓄が減ると財政赤字をファイナンスすることが困難になる。今のペースで政府債務(1000兆円)が拡大すると、あと10年ぐらいで個人金融資産(1500兆円)を食いつぶすが、その前に長期金利が上がり始めるだろう。「それでも対外純資産が300兆円あるから大丈夫だ」というおめでたい人がいるが、こういう状況で起こるのは資本逃避であり、対外資産が返ってくるはずがない。

普通はこういう事態に対応するのが中央銀行の役割だが、そのころ日銀は「異次元緩和」で200兆円以上の国債を買っているので、金利上昇を防ぐことは困難だ。むしろ評価損を避けるためには国債を徐々に減額する出口戦略が必要だが、黒田総裁は国会で何も答えられない。彼はまだ錯覚しているようだが、もう日本は「貿易立国」ではないのだから、円安は長期的にはマイナスなのだ。

今後、経常赤字(貯蓄不足)が定着すると、必要なのは円安政策ではなく、海外からの直接投資を増やすために円の価値を高める政策だ。アメリカのように財政赤字が大きくても、海外からの投資が大きければ維持可能だが、国内の債権者が95%だと喜んでいる「井の中の蛙」の日本国債は、経常赤字時代には維持できない。

14日に発表される7~9月期のGDP速報値は、年率1.6%程度と補正予算で水ぶくれした今年前半から半減する見通しだ。アベノミクスのお祭りは終わり、金利上昇=国債暴落のテールリスクだけが蓄積される…