金融危機の直後に颯爽と登場したオバマ大統領、その2009年初頭の就任演説は、世界全体に大きな感動を与えた。私も随分と感心した。改めて演説を読み返してみても、やはり、感心する。しかし、あれから5年、演説の輝きは失われつつある。
演説のなかで、オバマ大統領が市場(the market)について触れた箇所がある。即ち、「市場が善か悪か(a force for good or ill)ということも、問題ではない。市場のもつ富を創造し自由を拡大する力は、比類なきものだ」と述べられているのである。2008年の金融危機にもかかわらず、我々の資本主義システムが前提としている市場原理が有効かつ有益であることを再確認したものである。
さて、感動は、ここにあるのではなくて、それに続く部分にある。即ち、金融危機は、「市場は、もしも監視を怠るならば(without a watchful eye)、統制を失う(spin out of control)可能性があり、また、市場が繁栄するもののみの味方となるときは(when it favors the prosperous)、国(a nation)自身の繁栄は、長続きし得ない」ということを教えているという、まさにこの箇所である。これは、演説の冒頭に近いところで、2008年の金融危機の原因として、一部の人々の「貪欲と無責任」(greed and irresponsibility)を挙げているのにも、対応するのであろう。
先進経済圏における戦後経済成長の牽引力が大衆消費社会の形成にあったことは、いうまでもない。福祉国家政策によって、国民全体の平均所得を引き上げることで、消費需要作り出し、それが経済に還流する仕組み、これこそが成長の原理であった。
しかし、1980年ころからであろうか、米国ではレーガン大統領、英国ではサッチャー首相が登場し、1970年代の困難な時期からの脱却を推進する過程で、平均から格差へ視点が動いていく。即ち、規制緩和と競争原理・市場原理の促進により、繁栄するもの(the prosperous)の更なる繁栄を可能にすることが、成長源泉と化してくるのだ。
それから時代は一巡りして、このオバマ大統領の宣言である。これは、市場原理を維持しつつも、格差から平均への再転換を意味していたはずである。しかし、歴史の転換には、大きな力が必要だ。サッチャー首相には、その力があったのだろう。オバマ大統領に、その力があるのか。
それにしても、今年、サッチャー元首相が亡くなられたことは印象的だ。はたして、歴史の転換を象徴する出来事となるのだろうか。
森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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