父親・金正日総書記の突然の死後、政権を継承した金正恩第1書記は叔父の張成沢氏の入れ知恵もあって不足するカリスマ性を補うために祖父・金主席の言動を摸倣し、重要な大会では生の演説をし、髪型も祖父に似たスタイルに変え、祖父世代にノスタルジーを呼び起こした。その後、次第に自立して、祖父の生誕101年祭で祖父の功績を称えるというより、米韓との軍事抗争に立ち向かい「孤高の指導者」というイメージを前面に出すなど、新しいイメージ作戦に乗り出してきた。その矢先、2年間余り、政権を背後から支援してきた叔父の張氏を処刑した。同第1書記は3代世襲政権で初めて親族を処刑した指導者として国民に記憶されることになった。ちなみに、叔父を射殺し、その死体を火炎砲で焼き尽くした、といわれるように想像に絶した処刑シーンが展開されたという。
金正恩氏は1日の新年の辞で「分派の汚物を除去した」と、叔父粛清を正当化したが、その精神的状況はどうだろうか。時間の経過とともに、張氏処刑の後遺症が現れてくるのではないか。北情報誌のデイリーNKはそれを「張成沢トラウマ」と呼んでいる。強烈なストレスやアクシデントに遭遇すると、その影響が精神的に残り、心の不安定や自責の念などさまざまな精神的影響が表れてくるというのだ。
デイリーNKによると、「中央TVは26分間の演説中継で金第1書記の姿を3分間余りしか映さなかった。多くの時間は労働党庁舎を映しただけだ。張氏処刑後のトラウマ状況下にある金第1書記の不安定な精神状況が明らかになることを回避するためではなかったか」と分析している。
張氏の処刑直後、金第1書記は泣いていたという情報も伝わってくる。同第1書記の心の中は揺れ動いているのではないか。
イラク・アフガン戦争の米帰還兵がPTSD(心的外傷後ストレス障害)問題に悩まされて、日常生活に復帰できずに葛藤するという報告を聞いたことがある。米兵士たちは「戦争」という極限状況下に置かれ、いつ射殺されるか分らない緊張の日々を過ごしてきた。敵を射殺しない限り、自分が危ない。そのような状況下に長い時間、置かれれば、訓練された経験豊富な兵士でも精神状況に異変が生じるわけだ。
平静心を維持しながら、人を殺し続けることは訓練された兵士といえども、難しい。政権を譲渡されただけの30歳の若者ならば、その精神的ダメージは大きいだろう。叔父が処刑されるシーンが夜な夜な脳裏に出てくるかもしれない。外に向かって冷血漢の独裁者といったイメージを発信しているが、その内心はびくびくする一方、叔父を非情な手段で処刑したという自省の念があるかもしれない。実際、張氏の妻、金敬姫夫人は夫の処刑後、公の場に出てきていない。夫人は既に死去した、という情報すら流れている。
金第1書記が「張成沢トラウマ」に悩まされているとしたら、精神科医の治療を受けなければ危険だ。北は核兵器を保有している独裁国家だ。その指導者がPTSDのような精神状況下にあるとすれば、世界は恐ろしい危険の淵に立っていることになるのだ。
編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年1月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。