アベノミクスの3本目の矢である「成長戦略」の一環として、以前にもまして注目を集めているのが規制緩和の動きだ。しかし、その実現には多くの困難を伴う。事実、私たちの暮らしに関わりの深い「医薬品ネット販売」に関する規制緩和についても、多くの紆余曲折を経て現在に至っている。
日本における医薬品を分類すると、(1)主に医師が処方する「処方箋医薬品」をはじめとする医療用医薬品と、(2)薬局・ドラッグストアなどで販売されている「一般用医薬品」(大衆薬、市販薬、OTC[Over the counter]医薬品とも言われる)の2種類に大別される。本稿の主なテーマは、このうち、「一般用医薬品」のネット販売に関する規制緩和についてである。
2013年臨時国会での薬事法改正
医薬品のネット販売に関しては、ある一定のルールに従って適切に行われるべきだという観点から、2013年末の臨時国会では、一般用医薬品のネット販売などに関するルール整備を旨とする改正薬事法が成立した。
詳細は以下の通りだ。一般用医薬品のネット販売が原則として認められる一方、「スイッチ直後品目」(医療用から一般用に移行して間もなく、一般用医薬品としてのリスクが確定していない薬)の23品目と劇薬指定5品目のネット販売は禁止し、対面販売のみとされる。また、一般用医薬品ではないが、医療用医薬品(処方箋に基づき提供される医薬品で、いわゆる処方薬を含む)に関しては、対面販売が法律上で義務化されるためネット販売は禁止となる。
この改正により、一般用医薬品の99%以上についてネット販売が法的に可能になる。また、スイッチ直後品目と劇薬指定品目については新たな「要指導医薬品」という区分が新設される。スイッチ直後品目は市販後3年程度の安全性評価が終了するまではネット販売が禁止され、その評価期間が経過した品目から順次ネット販売を解禁する。一方、劇薬指定品目は恒久的にネット販売が禁止される。
今回の薬事法改正で設けられた、スイッチ直後品目の3年間規制については、医薬品ネット販売推進派から反対する声が上がった。政府の産業競争力会議で民間委員を務める、楽天の三木谷浩史代表取締役会長兼社長は、この規制に反対する声明を発表した。この3年間規制は、ネット販売では消費者への十分な情報伝達が担保されないという意見を受けたものであるが、その規制に反発する業者らと、規制を必要と考える厚労省や薬剤師会などとの間で議論が活発化することは必至であり、今後の動向には注目を要する。
医薬品販売「規制緩和」の紆余曲折
今回の改正薬事法に至る医薬品のネット販売に関する一連の動きは、約10年前に遡る。筆者の記憶では、インターネットによる通信販売で医薬品を販売すること、いわゆる「医薬品ネット販売」について、監督官庁である厚労省が具体的な動きを見せたのは2004年9月のことだ。
それ以前から、厚労省は医薬品の販売方法に関する通知を発令しており、うがい薬、胃腸薬、殺菌消毒薬、コンタクトレンズ装着液など薬効が比較的緩やかなものに限ってはネット販売を認めていた。一方で、それ以外のネット販売を禁止する法的根拠を持っていなかった。
しかし、通知によって示された医薬品以外の幅広い医薬品をネット販売する業者が続出したため、厚労省は関係業者への監視・指導を徹底し始めた。とはいえ、これはいわば行政指導ベースでのことであり、あくまで法令上では医薬品のネット販売に関する規制は想定されていなかった。
もっとも、このころの薬事行政には別の大きな課題があった。それは、販売時における薬剤師の常駐義務の問題である。医薬品販売に当たっては、専門家である薬剤師が店舗に常時配置され、消費者に対して適切に情報提供しなければならないのが原則だ。だが、ドラッグストアなどでは、管理薬剤師の常駐が義務化されているものの、実際の店舗には必ずしも常駐していないことが半ば常態化していた。すなわち、薬事法規制がいわばザル法であることが、大きな問題となっていた。
こうした状況もあって、2006年6月に薬事法が改正され、2009年6月には完全施行された。この時の改正薬事法の趣旨は、「一般用医薬品の販売に関して、医薬品のリスクの程度に応じて専門家が関与し適切な情報提供等が行われる、実効性ある制度を、国民に分かりやすく構築すること」だった。言い換えれば、医薬品販売にふさわしい専門家を適宜配置することで、一般用医薬品の販売体制そのものの底上げを実現することが目的だったのだ。
実現しなかったコンビニ販売解禁
一般用医薬品は、リスクの程度に応じて、次表にある通り3分類されることになった。
<一般用医薬品の分類>
このうち、第一類医薬品については、購入者に対し、薬剤師が書面を用いて情報提供を行うことが義務付けられた。また、第二類医薬品については、購入者に対し、薬剤師または登録販売者が情報提供を行うことが努力義務とされた。購入者から相談があった場合には、第一類医薬品については薬剤師が、第二類・第三類医薬品については薬剤師または登録販売者が、それぞれ相談に応じることが義務付けられた。
薬事法改正では、ドラッグストアなど既存の販売業者だけでなく、新たにコンビニエンスストアでの販売解禁かとメディアでは騒がれた。しかし、薬剤師または登録販売者の一定時間以上の常駐が事実上義務付けられたことからコンビニでは対応し切れず、実質的にはコンビニでの販売解禁にまでは至っていないのが現状である。
これは、単にコンビニでの医薬品販売解禁が事実上実現しなかったことに留まらず、ネット販売を阻止するための規制強化として機能することとなった。当時の厚労省当局及びその背後にいる既得権益関係業界にとっては、コンビニやネット販売に対する規制強化こそが真の狙いだったのではないか。当時の政府や規制改革会議などの関係者らの発言の中には、そう判断できるものすら見受けられた。
ネット販売の対象範囲で激しい攻防
薬事法が改正されたのが2006年6月で、施行されたのが2009年6月と、改正法の成立から施行までに設定された年限は3年という長い期間だった。この3年間に、リスク区分に関する考え方、登録販売者制度、薬局・店舗販売・配置販売(販売員が企業や家庭を訪問して行う販売方式)を念頭においた販売制度の整備が行われた。
これほどの長い準備期間を置かなければならなかったほど、新たな一般用医薬品販売制度の導入には多大な利害調整が必要だったことは容易に想像される。もっとも大きな誤算だったのは、一般用医薬品のうち第三類医薬品に限ってネット販売を解禁する上での利害調整に予期せぬ時間と労苦を要した点であろう。
事実、2008年の秋頃から2009年6月の改正薬事法施行直前まで、ネット販売を可能とする対象範囲を巡って相当にもめた経緯がある。
厚労省は、2008年9月には、改正薬事法の施行のためにネット販売規制を含む一般用医薬品の販売制度に関する詳細を規定する省令案を検討していた。省令案では、通信販売が認められるのは、販売時の情報提供についての規定がない第三類医薬品に限るのが妥当としていた。
だが、2008年11月に政府の規制改革会議が、この省令案について、旧法下で認められていたネット販売が狭められるとして、ネット販売規制に該当する個所をいったん撤回し、新たなルール整備を早期に行うべきだと提案したのだ。つまり、規制改革会議は、厚労省によるネット販売規制に反対する立場を取ったわけだ。しかし、厚労省はこれに全く応じなかった。
最高裁判決による事実上のネット販売解禁状態
当時、ネット販売で医薬品を購入した顧客について、いくつかの事件・事故(※1)があったことが厚労省の調査や新聞報道で明るみになっていたが、こうしたケース以外にも、医薬品ネット販売の規制緩和に関しては多くの障害があるとされた。結局のところ、厚労省は2009年6月、ネット販売を認める一般用医薬品の範囲を、リスクが比較的低い第三類医薬品に限定する省令を施行した。
これに対して、ネット販売業者らは猛反発し、司法を通じて医薬品ネット販売規制への疑義を訴えた。2009年5月には、楽天株式会社と資本提携関係にあるインターネット通販サイト「ケンコーコム」と、同じくネット販売を手掛ける「ウェルネット」の二社が国を相手取り、医薬品のネット販売を行う権利の確認と、ネット販売を禁止する省令の無効確認・取り消しを求めて訴えを提起した。これに対して最高裁判所は2013年1月、第一類・第二類医薬品のネット販売を一律に禁止する厚労省令を「薬事法の委任の趣旨に適合せず、違法で無効だ」との判決を出した。
これによって、一般用医薬品のネット販売が事実上の解禁状態となり、ネット通販業者が相次いで販売を始めた。しかし、あらゆる種類の医薬品ネット販売が「野放し」になることを恐れた厚労省は、ネット販売の新たなルール作りに乗り出し、それが今回の法改正につながった。
「自由化」の意味を消費者利益の観点から精査
今回の改正薬事法での規定、つまり、一般用医薬品について原則ネット販売解禁、例外としてスイッチ直後品目や劇薬指定の特定品目を別扱いにする、という点については、一つの政治判断の帰結ではある。しかし、今後もさらに規制が緩和される余地があることを考えると、今一度「自由化」という言葉の意味を精査する必要があろう。
規制緩和と言うと、関係する全ての規制を撤廃し、全面的に自由にすべきだとの意見がしばしば出される。もちろん、それは理想的ではあるだろう。しかし、分野によっては、「全面自由化」は望ましくない場合がありうる。全面自由化ではなく、一定のルールを設定する「部分自由化」の方が、その分野の健全な発展に資する場合も少なくない。無制限な参入を許してしまうことは、逆に大きなリスクを引き込んでしまう懸念すらある。
2012年度の厚労省の調査によれば、店頭で第一類医薬品を購入する際、約4割のケースで法律に則った情報提供がなされず、ネット販売では問い合わせに対して専門家からメールによる回答がなかった割合は約4割以上にもなったという。セルフメディケーションを支援するために一般用医薬品販売制度の底上げを企図した2009年改正薬事法の趣旨実現にはほど遠い状況である。
こうした視点で医薬品ネット販売の規制緩和を見直してみると、全てのネット販売業者に対して、一般用医薬品の販売を、何らのルールもなく完全に自由化することは、決して得策ではない。なぜなら、副作用を始めとした“事件・事故”が起こった際に、それらがネット販売に起因するか否かにかかわらず、即座に規制強化の空気を醸成してしまうことにつながりかねないからだ。「全員全面解禁」はネット販売業者自身にとってすら、逆効果になる可能性が高いと言える。
全面解禁のためのネット販売業者資格要件の検討を
むしろ、一定のルールを設けた上で、それに従う信頼できる医薬品販売業者だけが参入できる市場を創ることが、最終的には消費者利益に資すると思われる。
今回の改正薬事法で3年間ネット販売が禁止される一般用医薬品のスイッチ直後品目や、ネット販売が全面禁止となった医療用の処方箋医薬品について、全てが決着したと思うのは短絡的に過ぎる。
今後とも、ITは確実に国民生活に浸透し、同時に少子高齢化もますます進んでいくことは間違いない。IT化・人口減少化が現実のものとなれば、更に多くの商品・サービスに関して、ネット上での取引形態が増えていくだろう。そうなれば自ずと、一般用医薬品はもとより、処方箋医薬品のネット販売についても全面解禁とせざるを得なくなることは容易に想定される。そうした中長期的視野に立って、医薬品ネット販売の全面解禁に向けたネット販売事業者の資格要件に関する検討を、今から始めておくべきだ。
(※1)^ 厚生労働省の調査によると、2008年6月から8月にかけて、ネット販売で購入した医薬品によって30代の女性が肝障害を発症していたことが明らかになった。
また、2006年5月に、やはりネット販売で市販の鎮痛剤を大量購入した未成年男性が服毒自殺を図り、重篤な後遺症を負っていたことが新聞報道された。
編集部より:この記事は石川和男氏のブログ「霞が関政策総研ブログ by 石川和男」2014年1月14日の記事(nippon.comへの寄稿記事)より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった石川氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は霞が関政策総研ブログ by 石川和男をご覧ください。