ゼロ・グラビティ、無重力の静かなる恐怖 --- 安田 佐和子

アゴラ

宇宙の彼方、無重力空間であなたは生き残れますか。

ゴールデン・グローブ賞で「ゼロ・グラビティ(Gravity)」は見事、監督賞の栄誉に輝きました。アルフォンソ・キュアロン監督、制作に4年間を要しただけあって感慨もひとしおでしょう。宇宙の青みがかった漆黒を照らす星の輝き、地球がはめる太陽のダイヤモンド・リング、そしてスペース・デブリ(宇宙ごみ)と化した人工衛星の欠片の数々……。観客が息を飲む映像となるべく、テクノロジーが進化するのを待ったかいがあったというものです。おかげで、配役もアンジェリーナ・ジョリーをはじめ片手では足りない女優が候補に挙がっては消え、2010年時点にキャスティングされていたロバート・ダウニー・Jrも降板してしまいましたが。

監督と息子のジョナスが書き上げたストーリーは、米航空宇宙局(NASA)のドナルド・J・ケスラー氏とバートン・コーパレ氏の共同論文「Collision Frequency of Artificial Satellites: The Creation of a Debris Belt」が原点です。スペース・デブリの危険性を説明する「ケスラー・シンドローム」の由来となったこの論文を手掛かりとして人工衛星の破壊が生み出す恐怖の連鎖を縦軸に、無重力に翻弄される人間の姿を横軸に仕上げました。宇宙を題材に女性を主役に据えながら、シガニー・ウィーバー主演の「エイリアン」といったパニック映画でもなく、ジョディ・フォスター主演の「コンタクト」ほど幻想的でもない。SFやサスペンスというカテゴリーを超えた名作といえるでしょう。

サンドラ・ブロックを含め、上記2作品の主演女優は無機質ながら意志のある顔つき。

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(出所 : businessinsider)

映像美だけでは、ありません。無限の宇宙に投げ出される恐怖は、絶妙なカメラワークで観る者を捉えます。空気の振動がない宇宙空間でスペース・デブリが音もなく降り掛かってくるシーンでは、思わず手に汗がじっとりにじんできます。サンドラ演じる主役のライアンが冒頭に「宇宙は静かでいい、なじめるわ」と放った言葉が、痛烈な皮肉として思い出される瞬間です。

本作でスペースデブリはロシアが自国の人工衛星をミサイルで破壊したことで発生しましたが、wikiで調べてみると2009年2月10日には実際に人工衛星同士が衝突する事件がありました。1997年に打ち上げらた米イリジウム社の通信衛星イリジウム33号と、1993年に打ち上げられながら使用されていなかったロシアの軍事用通信衛星コスモス2251号が衝突したんです。2月13日にはケンタッキー州に数百個以上も発生したスペースデブリの一部が落下してきたのですが当時、米気象局は「火山あるいは地震」の警告を発したというから恐ろしい。

1978年にはソビエト連邦のレーダー海洋偵察衛星コスモス954号が運用終了後に安定した軌道への移動に失敗し、カナダ北西部に墜落する事件が確認されました。燃料にウランを搭載していたため除染作業が必要となり、カナダ政府は1400万加ドルを請求。1983年にソ連が支払った金額は、満足にほど遠い300万加ドルでした。

現在でも軌道には約2500機の人工衛星が存在する事実を念頭に置くと、映画を観る目が変わってくるかもしれません。

ところで放映時間が91分という点に、気づかれましたか?サンドラ・ブロックがほぼたった1人で極限の状態をサバイバルする作品内容を踏まえると、ジェームズ・フランコ主演の「127時間(127 Hours)」を彷彿とさせます。峡谷と岩に右手が挟まった状態で生死の境を彷徨う1人の男性を追ったストーリーで94分なので、ほぼ独演状態の映画の傾向かと思ったら・・大間違いでした。

人工衛星が地球をぐるっと1周するのにかかる時間こそ、90分なんです。細かいディテールだけでなく、放映時間にこんなこだわりが隠されていたなんて、監督の熱い思いが伝わってきますね。

コンピューター技術でここまで再現できるなんて、ため息もの。

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(出所 : studio360)

個人的には、俳優エド・ハリスによる声の出演が印象的でした。映画「アポロ13(Apollo 13)」や「ライト・スタッフ(The Right Stuff)」でも同様の役柄を演じてましたよね。ドライで抑制の利いた声、宇宙空間に漂うと一段としびれます。


編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2014年1月14日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった安田氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。