有名人の裁判で求められる冷静さ --- 長谷川 良

アゴラ

プロ・サッカー界で目下、世界一強いクラブと呼ばれているドイツのFCバイエルン・ミュンヘンのウリ・へーネス会長が3月13日、2850ユーロの脱税でミュンヘンの裁判所から3年半の有罪判決を受けた。へーネス会長は翌日、上訴を断念し、刑に服すると表明する一方、FCバイエルン・ミュンヘンの一切の要職から辞任することを明らかにした。

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▲2件の有名人の判決をトップで報道するオーストリア日刊紙プレッセ(2014年3月14日付、 左側はシュトラッサー氏、右側はヘーネス氏)


元サッカー選手だったへーネス会長は人情深く、慈善活動にも熱心でクリーンな人物として独の社交界では人気があった。メルケル首相ら政界関係者とも知り合いが多い。

へーネス会長はサッカー・クラブを運営する一方、1985年、「Ho We Wurstwaren KG」社(ソーセージ製造)を経営している。株売買など投機で稼いだ巨額の収益金をスイスの銀行口座に預金していた。

隣国オーストリアの首都ウィーンでも同日、国民党政権時代に内務相を務めた前欧州議会議員エルンスト・シュトラッサー氏が賄賂容疑で同じ3年半の有罪判決を受けた(同氏は上訴する意向)。
 
シュトラッサー氏は欧州議員時代、ロビイストを装った英ジャーナリストから欧州議会に法案提出を要請された。英ジャーナリストのおとり取材と知らない同氏は報酬10万ドルを要求し、法案提出を約束した。そのやり取りはビデオで録音されていたため、後日、同議員の犯罪行為(賄賂)が暴露された。同氏は欧州議員のポストを失うだけでなく、腐敗政治家として裁判を受ける身となった。

被告人が有名人ということもあって両裁判所の周辺は当日、多数のメディアと市民が集まった。ドイツのメディアは同日、FC・バイエルン・ミュンヘンの会長裁判の動向をウクライナ情勢や行方不明のマレーシア航空機関連情報を押しのけてトップ報道していた。

特に、ヘーネス氏の場合は巨額な脱税だけに「仕方がない」といった国民の声が支配的だった(ドイツでは世界女子テニス界の女王だったシュテフィ・グラフさんの父親ペーター・グラフさんが1997年、脱税で3年間の禁固刑を受けた)。

当方は当日、ドイツのテレビ放送でヘーネス会長の裁判報道をフォローしていたが、裁判官が「被告人がヘーネスという名前でなくても、裁判の審議は変わらない」と述べ、被告人が有名人かどうかは裁判の行方とはまったく関係ないと強調していたのが印象深かった。

2月27日、汚賄罪に問われてきたクリスティアン・ウルフ前独大統領の裁判で「容疑は証拠不十分」として前大統領に無罪判決が言い渡されたばかりだ。

独週刊誌シュピーゲル電子版は当日、「司法は冷静に対応すべきだ。証拠不十分と知りながら裁判を開始したのは、大統領職を経験した人間も他の国民と同様、法の前では平等な扱いを受けるべきだ、といった世論の声を恐れたからだろう」と分析していた。シュピーゲル誌によれば、前大統領裁判では司法側が世論を意識し過ぎた結果、勝訴の可能性のない裁判を始めた、というわけだ。

国民やメディアの関心が注がれる有名人の裁判では、司法側は一層クールな対応が要求されるが、現実はそれが簡単ではないことを示している。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年3月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。