GEPR編集部
左から石川氏、池田氏、岡本氏
アゴラ研究所のインターネット放送コンテンツ、「言論アリーナ」で2月25日放送された番組「原発は新しい安全基準で安全になるのか」の要旨を紹介する。(言論アリーナ・本記)
出席者は東京大学教授(大学院新領域創成科学研究科)の岡本孝司氏、政策家の石川和男氏、アゴラ研究所所長の池田信夫氏が出演した。モデレーターは石川氏が務めた。岡本氏は、茨城県東海村からの出演だった。
法的根拠のない稼動の停止
石川・原子力規制委員会(以下規制委員会)が安全審査を行っています。安倍晋三首相は1月の国会の所信表明演説で、規制委員会が安全を確認したものについて、原発の再稼動を行うことを表明しています。そして規制委員会は昨年7月から施行された、新基準の適合性審査をしています。こうした動きに対して、菅直人元首相は、国会議員に認められる質問主意書を使って、内閣に質問を行いました。(菅直人氏ブログ)
池田・産経新聞が21日の記事で伝えています。菅氏は「原子力規制委員会は新規制基準に適合するときにのみ再稼働を認可することができると承知しているが、それで正しいか」と尋ねました。よくマスコミは「再稼動の審査」という言葉を使いますが、これが正しいのかと聞いているわけです。(菅直人氏の質問主意書)
政府は「規制委員会は発電用原子炉の規制を行っているが、再稼働を認可する規定はない」と、答弁しています。「再稼動の審査」なんて規定はないことを国が認めました。菅氏だけではなく、「再稼動の審査をしている」という誤解が多いのです。(菅氏の質問への政府答弁書)(産経新聞記事)
岡本・指摘の通りで、規制委員会は、法律に合っているかを判断しているだけです。
そして規制委員会の行動には問題があります。世界に450基ある原発で、それを止めて安全基準の適合審査をしているのは、日本だけなのです。世界標準は動かしながら安全性を高めようという活動をしているのです。これは日本でメディアがほとんど報じないので、知られていません。
池田・日本でも原子炉等規制法では、動かしながら審査をすることになっています。分かりにくい法律ですが、原子力規制委員会に対して事業者が、運転開始前に事前にやらなくてはいけないものが一つだけあります。保安規定という、原子炉の安全を守る計画を示す書類の審査だけです。
運転開始前に、安全基準をすべてクリアしなければならないとは、どこにも書いていません。つまり運転しながら安全基準を審査すればよいのです。法律上は、今のように止め続けることはできないわけです。
ところがそこに問題があります。規制委員会は止め続けたいのでしょう。止める理由として、いわゆる「田中私案」という文章を出しました。そこに「新しい規制基準を満たすまでは、運転は認められない」と書いてあるのです。そして今までの認可を設置変更許可、工事認定、つまり今まで認められた認可をすべてなしにさせて、出し直させているわけです。
「田中私案」は委員会規則の決定にも、法律にもなっていない、田中俊一委員長の書いた3枚の私的なメモです。原子炉等規制法の手続きと異なる規制を、正式な手続きを経ずにやっています。これは問題ですし、だから再稼動にこんな時間がかかっているわけです。
岡本・その通りで、大変おかしな話です。民主党政権の原発を止めたいという意向を、規制委が受け止めて、それを実現させているように思えます。これをそのままにすれば、日本が法治国家ではないことになります。
石川・福島事故が起き、これまでの原発の運営規制政策に問題があったことは確かです。しかし日本の場合には振り子が、一方向に行くと、逆方向に触れすぎてしまうんですよね。この場合も、過剰な規制の方向に触れすぎています。
岡本・原発をすべて止めてしまうのはやりすぎです。原子力は危ないものなんです。きちんと管理ができていたところもあるのです。全部止めることで、電力会社が原発を運営できない形に追い込もうとしています。日本以外の国では、法律にないことを国が規制して損害が出たら、企業は国を賠償で訴えます。
池田・例えば、中部電力の浜岡の停止も法的根拠がないのです。違反の場合しか止める規定がないので、首相の「お願い」で止めてしまいました。菅氏の打ち出した、ストレステスト実施まで原発は稼動させないという規制も、法的根拠がありませんでした。
安全性を高めていない規制委員会の審査
岡本・規制委員会の政策は、国際的に見ると危惧されています。原子力の専門家は、世界でつながっています。情報は共有されるし、安全の考えは、世界で共通なのです。しかし日本だけ、ルールにないことを、感覚でやっているわけです。日本の規制委員会は、自分たちの基準を、「厳しい、厳しい」と、自分で言っているのですが、私からみると、抜け穴だらけなんですよ。
石川・それはどういうところなんですか。
岡本・技術基準という法律に基づいた規制の下の、安全委員会規則というのがあります。ここからは、一種の私文書であり、従う義務のある法律ではありません。その解釈が担当官の裁量次第だし、たまに間違っていることもあるのです。それなのに、それに従うことを、規制委員会は求めています。さらに、それが原子炉の安全にも結びついていない場合があります。
重要なことは、原子力では「法律に合っていることが、安全とは限らない」ということです。福島第一原発は、法律に合っていたのに事故が起こってしまいました。法律が間違っているか、今の原発は安全なのか検証を、常にしなければならないのです。
いろんな問題があるのですが、一つ例を示しましょう。新基準では、竜巻の対策を求めました。対策をする竜巻の強さが裁量官次第で決まるのです。統一の基準がなく、まちまちなのです。
リスクは対象全体で考えないと意味がありません。一つのリスク対策をすることで、別のリスクを高めてしまいます。例えば、2001年の全米同時多発テロの後で、アメリカ人は飛行機に載らず、車で移動しました。車の事故は飛行機事故より多くなりますから、全体で死亡者は増えてしまいました。
同じように竜巻だけに対策をしても、プラントの構造が複雑になって運転員がミスをするリスクが高まってしまえば、意味がないのです。全体として発電所全体のリスク耐性の実力を見るのではなく、担当官がこうだと思い込んだ部分だけリスクを下げようとしているのです。
福島原発事故前の日本の原子力規制にも同じような面がありました。問題が修正されていないのです。規制庁は、旧原子力安全保安院の人が横滑りしています。考えを追加しただけで、思想と行動がこれまでと大きく変わっていない面があるのです。
今の原発はいろんな対策をしすぎています。個人的な感想ですが、全体としての原発のリスクは逆に上がっているかもしれないと思います。プラントの構造が複雑になると、全体で壊れやすくなり、対処が難しくなるため、リスクが高まってしまいます。
石川・電力会社はこの状況をどのように考えているのでしょうか。
岡本・事故前と比べて、変わっていない電力会社もありますね。「泣く子と地頭には勝てない」ということで、規制庁の問題行為に異議を唱えず、言われたことだけやろうとしているところが多いのです。
しかし真剣に福島事故を反省して、本当に安全な原発にしようと努力している電力会社もあります。そういう自発性を持ち、改善する電力会社の動かす原発は当然、安全性が高まります。
(下)に続く。