貿易収支の「変化」に注目して,なぜ現在の貿易赤字が問題なのかを考えます。
教科書的に貿易赤字は問題ではないというのと,現在の状況は異なります。1つは経常収支赤字の問題ですが,ここでは円安に伴う貿易赤字の拡大が,日本経済に不利益をもたらしていることをみます。
なお,私は,2012年は円高過ぎたけれども,現在は逆に円安水準にあると考えています。その原因は米国の金融政策が変化していく一方で,日本では金融緩和が維持されていることです。(この点の説明は今回は省略します。)
1. いまの貿易赤字の問題点
通常の状態では貿易赤字そのものは問題ではありません。
たとえば銀行はモノ作りをしていませんが,別に金融サービスを提供しています。同じように国全体で考えると,金融業が盛んな国は,モノづくりが少なくても海外投資を活発にしているでしょう。この場合,モノはあまり生産していないので輸入する必要があり,大きな貿易赤字になるはずです。
この貿易赤字は問題でしょうか?
この国は金融業が盛んなので,海外投資からの収入が所得収支を黒字にします。経常収支は主に貿易収支と所得収支からなりますので,この国では,所得収支の黒字と貿易赤字が相殺されます。米国がこのような国の代表です。所得収支の黒字が十分大きければ,貿易赤字にもかかわらず経常収支は黒字になります。
(※所得収支における受取りは,日本の企業などが海外投資した金融資産からの収入です。直接投資からの配当金のほか,海外株式の配当金,債券利子などがあります。日本の場合は米国債などからの債券利子の割合が多く,証券投資収益の債券利子が所得収支の半分弱程度を占めています。)
逆に製造業が中心の国は海外へモノを多く輸出するので,貿易収支は黒字になります。このとき,海外資本が直接投資という形で入るため,所得収支は赤字かもしれません。中国がこのような国です。
貿易収支が赤字か黒字かは,通常はその国の産業構造を反映しているに過ぎません。現代の世界経済では金融の方が稼ぎが大きいようにみえるので,日本や米国のように貿易赤字と所得収支黒字の組み合わせはむしろ望ましいかもしれないのです。
(経常収支についてはもう少し説明が必要ですが,ここでは省略します。参考:「貿易赤字って悪いことなの?」)
さて,今の日本は,産業構造の変化・転換により貿易赤字が拡大したのでしょうか。最近の動向に限るとそうとは考えられず,原子力発電停止によるエネルギー関連輸入の増大や円安が大きな要因なのは明らかです。そのため,いまの状態は維持可能とはいえず,何らかの変化がさらに生じると考えられます。
2. なぜ貿易赤字が縮小しないのか
問題は,円安により輸出が増加して国内景気も改善すると見込んだことです。そうならないため,逆に状況が悪化したのです。
輸出量が伸びない原因には,貿易構造の変化(説明は拙筆の「再び貿易赤字が拡大した根本的な要因」を参照)がありますが,さらにその構造の先に海外需要の低迷があります。
図は,米国,EU,中国への輸出「数量」に注目した,貿易指数(財務省「貿易統計」)の動向です。2011年から2012年頃の円高時に中国やEUへの輸出数量は減少したのですが,米国へはほとんど減少傾向が見られません。
(ただし,ここで見ているのは数量のため,円建て額にすると円高の分だけ輸出額は減少しています。)
2012年終わり頃からの円高修正以降でも,中国やEUへの輸出が回復している状況にはありません。また,為替レートにかかわらず米国への輸出数量はほぼ一定水準にあります。
すなわち,円高時期に輸出が減少したため,多くの人がそれが原因だと考えてしまったかもしれませんが,実際にはEU債務危機時の海外需要の低迷が主要因だったのです。中国は対米国輸出と同規模の輸出をEUへしています。日本→中国→EUというモノの動きの中で生じた輸出量減少だったと考えられます。(そもそも円高もEU債務危機が主要因でした。)
その後,円安になるものの輸出量が伸びず,エネルギー輸入額が増加して貿易赤字が拡大しました。円安により円建ての輸出額は増えます。けれども,量が増えなければ国内生産量は増えないので,投資も人手も必要ありません。昨年度の人手不足や景気回復は,もっぱら財政政策や消費税増税の影響です。
ただ,この点は海外経済の動向次第のため,日本としては対策をしにくいところです。このような貿易赤字が続く中で,原子力発電の再稼働をどうするのかは避けることのできない問題になったように思います。
岡山大学経済学部・准教授
釣雅雄(つりまさお)
@tsuri_masao