情報家電製品の向かうべき道

松本 徹三

このような記事はアゴラに投稿するには向かないのではないかと思ったが、色々な人たちから色々な意見が寄せられる可能性もあるかと思い直して、現時点での自分の考えを書いてみる事にした。これまでなら、こういう話は仕事上で懇意にしている機器メーカーの役員と話すとか、自分の勤めている会社の利益に結びつける方策はないか考えてみるとかするのだが、第一線を退いた今となっては、商売や損得抜きで色々ものが言えるのでむしろ楽だとも言える。


家電の王様は昔も今もテレビだが、独自の機能を色々詰め込んだ「インテリジェント・テレビ」等というものに、日本のメーカーが期待を持つのはやめた方がよいと思う。多くの人たちが、リビングや、ダイニングや、寝室や書斎に置かれた大中小の画面の前で、今後とも多くの時間を費やすのは事実だろうが、「そこに何を求めるのだろうか」と考えてみても、そう簡単に明快な答えは出てこないだろう。それならば、決め打ちはせず、万事に柔軟性を持たせておいた方がよい。

アップルやグーグル、アマゾンやマイクロソフト等は、自分たちが持っている色々な仕組みを総動員して囲い込みを計ってくるだろうが、日本や韓国の家電メーカーがそこで競合しようとしても勝てるとはとても思えない。むしろ、「囲い込まれる」事を嫌うユーザーと連帯して「ユーザーが自由に何でも選べる世界」を構築する事によって、これらの囲い込み路線に対抗するのが賢明だ。

そもそもテレビ受像機というものは、テレビ放送というサービスを可能にする為に開発され、放送と一体となって市場を作ってきた。しかし、先ずはビデオがこの常識を打ち砕き、最近は拡大の一途をたどるインターネットサービスがユーザーの利用パターンを大きく変えようとしている。今やテレビ受像機は本質的に「画像を表示する道具」であり、「地上波や衛星やケーブルで送られてくる放送番組をチューニングしてリアルタイムで受信する機能」は一つの付随機能に過ぎない(コスト的にも、圧倒的に大きい部分を占めるのは「液晶ディスプレイ」の部分である)。

シャープは一時期、亀山工場等で作った大型のディスプレイを各家電メーカーに部材として売る一方で、それまでは二流ブランドでしかなかった「テレビ受像機」の分野でも一挙に最大のメーカーにのし上がった。じかし、ここに陥穽があったと私は見ている。日本でのデジタル放送への移行とそれがもたらした駆け込み需要が一巡すると、各社のテレビ受像機の売り上げは急降下したが、シャープの場合は、「急拡大したものは縮小時に脆い」という言葉通り、ソニーやパナソニック等に比べても更に大きい打撃を受けた。

もしあの時点でシャープが、「テレビ受像機という商品そのものには、先行き大した期待は持てない」と割り切り、「自分たちのレゾンデートルは、最後まで、世界一のディスプレイメーカーである事だ」と強烈に意識していたとしたら、相当違った展開になっていたのではないかと思われるので、少し残念だ。序でに言うなら、「世界一のディスプレイメーカー」である事を志向する限りは、製造工場を日本だけに持つという選択肢はあり得ず、あらゆるリスクを冒して中国を始めとする世界中に製造拠点を展開していた筈だ。

TV受像機のような単純な完成品の分野では、日本メーカーはもはや中国や韓国のメーカーとは競争出来ないと思うが、それでも日本メーカーが持つ世界市場でのブランド価値はそんなに捨てたものではない。だから、日本の各メーカーが自らのブランドをつけたTV受像機等を世界市場で売る事は当然あっても良い。しかし、それは「現地の最終製品メーカーにブランドの使用権をライセンスする」やり方で行うべきであり、最終商品の企画開発やマーケティング・セールスは、現地のパートナーに委せた方が良い。

その一方で、「TV放送の受像機能だけに絞り込んだ単純な完成品」の将来市場は「発展途上国を中心に考えてみてもそんなに大きくはない」とも私は思っている。もはやインターネットが世界中の多くの人たちの日常生活に深く根を張っており、TV放送の重要性の比重は、市場の如何を問わず、日々低くなってきているからだ。

それでは将来の各家庭での映像エンターテイメントの在り姿はどういうものになるのだろうか? 以下、独断と偏見の域を出ないかもしれないが、私の持っているビジョンを試みに披露してみたい。

  1. 各家庭は、家のあらゆる場所に、自分で選んだサイズと品質(例えば4Kとか)のディスプレイを置く(メーカーは種々のサイズと解像度を持った何種類かのディスプレイを取り揃えて販売する。当然、携帯型のものもあってよい)。
  2. これらのディスプレイには、何種類かのHDMI端子とUSB端子のみを装備し、あとは何もつけない。但し、スピーカーはディスプレイのサイズと品質と価格帯にマッチングしたものを全機種に内蔵する。
  3. 各メーカーは、別途「入力モジュール」「出力モジュール」「メモリー」の一体化されたパッケージ(ブラックボックス)を各家庭に販売する(このブラックボックスは人間が操作するものではないから、設置場所や大きさは問わない。また、このブラックボックスの価格は、どんなモジュールが「入力」用に選ばれるか、どの程度の容量の「メモリー」が採用されるかによって決まるから、最も単純なものは徹底的に安くなる)。
  4. 「入力モジュール」は、地上波(UHF)、ケーブルTV、衛星放送、光ケーブル、ADSL、4G(携帯無線)等にそれぞれ対応したモジュールの組み合わせによって構成される。又、独立したDVDプレイヤーやCDプレイヤー、各種のゲーム機等の接続も可能としておく。
  5. 「出力モジュール」は、各メーカーが自由に選んだ「画像圧縮デバイス」と「WiFi(b/n及びac対応)デバイス」で構成されており、これとパッケージになったドングル(それぞれのディスプレイのHDMI端子に装着されるもの)と共に販売される。
  6. 「メモリー」は、バッファー目的の最小規模の半導体メモリーから、テラバイト級の大容量のハードディスクまで、ユーザーが自由に選べるようにする(この選択によって価格は大幅に変わってくる)。
  7. この「ブラックボックス」には、最少限のコントロール機能も内蔵されており、ユーザーのスマホから発信されるWiFi信号で局地的に操作されるが、コンテンツ全体の受信、送信、及びメモリー管理はクラウドで行われる。但し、クラウドへのコマンド送信も、全てユーザーのスマホから行われる。
  8. クラウドが管理するものは、各コンテンツ・ディベロパーが提供する多種多様のコンテンツに留まらず、ユーザーが作成し、或いは友人等から取得して、Dropboxのような場所に保管している私的なコンテンツも含む。各ユーザーの立場に立って、これらを統合的に管理する事を志向する各クラウドサービス業者が、ユーザー獲得の為に厳しく競争するのは当然の事である。
  9. ユーザーによる全ての操作は、単純なテレビ放送の番組選択やビデオ録画をも含め、全てスマホのアプリから行う。スマホの画面は、どんなユーザーでも迷わずに操作出来るように、徹底的に単純化する。この操作によって送出されるコマンドは、家の中に設置されたブラックボックスに送られるか、或いは、遠隔地にある契約クラウドのコントローラーに送られる。また、スマホの画面は、何時でもユーザーの目の前にあるディスプレイの上で拡大して見られるようにしておく。

如何でしょうか? ユーザーの利便性からいえば、このようなシステムが一番有難いような気がするのですが。