イラクとシリアの一部を占領する「イラクとシリアのイスラム国家」(ISIS)の指導者アブーバクル・アルバグダーディは6月末、「イスラム帝国」建設を表明、自らをカリフと呼び、世界のイスラム教徒に「自分をイスラム帝国の指導者として受け入れ、その教えに従うように」と呼びかけたばかりだ。「カリフ」とは、イスラム教創設者ムハンマドの死後(632年)、その予言者の代理人(後継者)を称する名称だ。
ところで、バチカン放送によると、ISISのイラクとシリアに渡る「イスラム帝国」宣言は中東アラブのイスラム教徒から反発され、歓迎されていない。イスラム教指導者たちからは、「ISISはテログループだ。彼らはイラクやシリアで少数派のキリスト信者たちを虐殺している。世界のイスラム教徒はそのような蛮行を許さないし、その指導者をカリフとして受け入れることはできない」という声が挙がっている。
レバノンのスンニ派裁判所裁判官モハメット・ノカリ氏はバチカン放送との会見で、「真のイスラム教徒は他宗教を尊重する。ムハンマドが述べているように、イスラム教とキリスト教は密接な繋がりがある。ISISが勝手にイスラム帝国を宣言することはできない。世界のイスラム教徒の承認を受けなければならないからだ。その上、ISIS関係者はイスラム教の名を語る資格や教育を受けていない。彼らはイラクとシリアで戦争を展開させているだけだ。彼らはスンニ派イスラム教徒を代表していない」と明確に拒否してる。すなわち、ISISは中東アラブ諸国のスン二派イスラム教徒から支持されていないというわけだ。
ヨルダン・タイムズ紙によれば、同国の族長で精神的指導者、イサム・バルカヴィ・アブモハメッド・アルマクディシ師はイスラム帝国宣言について、「まったく意味がない。世界のイスラム教徒はISISの呼びかけをボイコットすべきだ。ISISは暴力でイスラム帝国を建設しようとしている。ISISの宣言は不法だ」と断言したファトワ(勧告)を出している。ちなみに、ヨルダンのアブドッラー国王はISISがヨルダン国内で勢力を拡大することを警戒し、国際社会に支援を要請している。
ISISの「イスラム帝国宣言」はスン二派の対抗宗派、シーア派のイラン、イラクのマリキ政権、そしてシーア派から派生したシリアのアラウィ派主導のアサド政権にとってはあまり意味がないが、先述したように、スンニ派内で強い拒否反応が出ているわけだ。スンニ派の盟主サウジアラビアはISISのイスラム帝国建設が国内の秩序を破壊する危険性があると強く警戒している。
エジプトのイエズス会に所属するキリスト・アラブ文学研究センター所長のサミール・カリン・サミール神父はイスラム帝国について、「昔の理想世界だ。それは夢であって、現実ではない。シリア、イラク、チュニジア、リビア、モロッコ、アルジェリア、エジプトなどアラブ諸国は今日、自国一国で存在し、イスラム帝国を建設しようという考えは持っていない。イスラム帝国は古い夢だ。イスラム教徒の中にはそのような夢を持つ者もいるが、少数派だ。多くのイスラム教徒は今日、独立国家の一員として生きている。だから、イスラム帝国を宣言したイスラム・テロリストの試みは成功しないだろう。ただし、夢を追う若いイスラム教徒の中には興味を持つ者が出てくるかもしれない」と述べている(バチカン放送電子版7月15日)。
編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年7月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。