なぜカルロは「動物園」に行くのか --- 長谷川 良

アゴラ

イタリアの友人、カルロが奥さんと共に夏季休暇のためウィーンを訪問した。当方は昨年、イタリアのベルガモを訪問した時、カルロ夫妻にお世話になったばかりだ。今度は当方がホスト役だ。そこで充実した時間を過ごしてもらうために、カルロに事前に「どこを見たいのか」と聞いた。

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▲今月初めチーターに赤ちゃんが生まれる(シェーンブルン動物園のHPから)


ウィーンはベルガモとは違い大都市で欧州有数の観光都市だ。歴史的名所旧跡は数多くある。事前にカルロ夫妻の希望を聞いておけば、能率的に観光案内できる、と考えたからだ。そしてカルロから戻ってきた答えは「ウィーンではぜひとも動物園に行きたい」というのだ。子供ならば分かるが、小さいとはいえ会社社長を務めるカルロの口から「動物園」という言葉が飛び出した時、正直いって驚いた。 

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▲ベビーを生んだ北極狼(シェーンブルン動物園のHPから)

なんといってもウィーンは音楽の都だ。ベートーベン、モーツアルト、ブラームス、シューベルト、ワルツの王ヨハンシュトラウスまで音楽史に名を残す大作曲家、音楽家の足跡が到る所にある。特に、ベートーベンやモーツアルトになれば、引っ越し魔だったこともあって、ウイーン市内だけでも数か所の記念館やハウスがある。それだけでない。中欧を支配していたハウスブルク王朝時代の由緒ある場所、ホーフブルク宮殿やシシー博物館などがある。また、ウィーンには30以上の国際機関の本部、事務所がある。観たいところ、訪ねたい場所は無数だ。3日間しか滞在しないカルロ夫妻が朝から飛び歩いたとしてもウィーン市の主要観光名所を全て訪ねることはできない。それなのに、カルロは「動物園に行きたい」というではないか。ウィーンを訪問する前にガイドブックぐらい読んでくるだろうと期待していたが、どうやらカルロはガイドブックを読んでいなかったようだ。

当方は少しがっかりしながら「動物園で何を見たいのか」と聞いてみた。ひょっとしたら、カルロ夫妻は動物に親戚でもあるのかもしれないからだ。カルロは「ベルガモには小さな動物園しかない。だからウィーンのシェーンブルン動物園を是非とも見てみたいのだ」という。特定の動物に関心がある、というわけではないらしい。

当方はシェーンブルン動物園を数回見学したことがある。シェーンブルン動物園は広い。全ての動物に挨拶をしていたら、5、6時間はかかる。3日間のウィーン休暇滞在で丸一日を動物園で過ごすことになる。そうなれば、当方が推薦していた中央墓地見学やベートーベンハウスなどの見学は時間的に難しくなる。しかし、「動物園に行きたい」というカルロの願いはどうやら不動で、ベートーベンやモーツアルトを犠牲にしてもチーターや白熊に挨拶するほうが少なくとも彼には大切なのだ。

3日目の朝、いよいよカルロ夫妻が動物園に行った。案内役は妻がした。予想通り、午後5時頃、カルロ夫妻は当方宅に戻ってきた。5時間以上、動物園にいたことになる。昼食は簡単に済ませたという。カルロは夕食ができるまで動物園の話をしてくれた。ビデオに撮った水遊びをする白熊を見せながら説明するカルロは幸せそうだった。

シェーンブルン動物園の歴史は1452年に始まるから、欧州の動物園の中でも最も古い動物園だ。昨年は3年連続で「欧州ベスト動物園」に選出されている。パンダもいるし、チーターが今月、赤ちゃんを生んだばかりだ。パンダ、象、キリンなどがここ数年次々とベビーを生んだ。シェーンブルン動物園は文字通りベビー・ブームを迎えているという。

夫人は「いつも仕事で飛び歩いているから、ウィーンではリラックスして過ごしたかったの。動物園は最高の場所なのよ」と説明してくれた。ワーカホリックのカルロがなぜ動物園に拘ったのか分かったような気がした。
 
カルロ夫妻は翌日の7月18日午前、「昨日は楽しかった」という言葉を残してイタリアに戻って行った。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年7月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。