イエレンFRB議長、ジャクソン・ホールでバランス感覚を本領発揮 --- 安田 佐和子

アゴラ

イエレン米連邦準備制度理事会(FRB)議長は、カンザスシティ連銀主催のジャクソン・ホール年次会合で議長として初めて登壇しました。16ページに詰め込まれたメッセージは、ウォールストリートが期待したよりは中立そのもの。利上げに急がないスタンスを表明する一方、政策の方向性は出口にあると強調しています。

講演のまとめでは、労働市場のたるみが課題として残るなか「適切な政策を導く単純な方法はない(There is no simple recipe for appropriate policy in this context)」と発言。同時に7月29-30日開催の米連邦公開市場委員会(FOMC)議事録で示したように、失業率が6.1%と6月FOMC当時の見通しレンジ上限に届き、インフレも目標値2%に向かう現状にも配慮します。「インフレ圧力が上向くまで高水準の金融緩和政策を維持することは、金融緩和の削除を不条理に遅延させ、将来的に急激かつ潜在的に市場を混乱させるような引き締め策をもたらしうる(Maintaining a high degree of monetary policy accommodation until inflation pressures emerge could, in this case, unduly delay the removal of accommodation, necessitating an abrupt and potentially disruptive tightening of policy later on.)」と、注意を促していました。

講演内容は、会合のテーマ「労働市場のダイナミズムを再評価」に即し1)労働参加率の低下、2)経済的な理由でパートタイムを余儀失くされている不完全失業者、3)離職率・新規採用率、4)賃金——を柱に展開。いずれの項目で景気循環的要因だけでなく、構造的要因を挙げていました。「循環的」との言葉は講演で24回、「構造的」との言葉は15回登場。イエレン議長が構造的要因(高水準に長期失業者、労働参加率の低下などは構造上の理由で金融政策で対応できないとの考え方)を強調し、タカ派寄りへのシフトを示すと見なしていた一部の市場関係者の失望を買ったことでしょう。

JPモルガンのマイケル・フェローリ米主席エコノミストは、講演を受けて「『2つのチャーリー・テスト』をパスした」と振り返ります。チャーリーとはタカ派で知られ7月FOMCで反対票を投じたフィラデルフィア連銀のプロッサー総裁と、ハト派と目されるボストン連銀のチャールズ・エバンス総裁。タカハトの対極それぞれを満足させる内容だったと解釈しているんです。

興味深いのは、賃金に対し「ペントアップ賃金デフレ」について言及したこと。景気後退期あるいは回復初期には必要な労働者の確保を狙い名目賃金を引き下げられなかった半面、景気回復局面では賃金引き上げ余地が狭いと説明していました。学生ローンが拡大の一途をたどるように、リセッションを経てスキルを磨いた労働者が増加した恩恵も一因と考えられます。何とも皮肉ですが・・。

バークレイズのマイケル・ギャピン米エコノミストは、こうした賃金をめぐる発言に注目し「利上げの条件として、賃金の伸び率3-4%といった水準を設定していないことが分かる」との見方を寄せていました。

やはり、7月FOMC議事録で訴えたように第1弾の利上げは「経済指標次第」なんですね。いずれにしても、今回の講演ではあらためて統治目標への回帰を確認しました。次の注目点は、9月16-17日開催のFOMCあるいは同議事録で出口戦略のガイドラインを打ち出してくるかどうかです。

今回のジャクソン・ホールでは、珍しい光景がみられました。「何が回復なんだ?(What’s recovery?)」と書いたTシャツを着用し当地に駆けつけたセンター・フォー・ポピュラーデモクラシーによるデモ隊員が、イエレンFRB議長と会話していたんですよ!

イエレンFRB議長、右腕に触れられながら余裕の表情。


(出所 : AP)

警備はどないなっとんねん!とツッコミたくなりますが、武器を携行していないと判断され入場できたんでしょうね。ちゃんと対応しているイエレンさんをみると、その人柄が伺えます。講演でも、金融政策見通しでカギとなる言葉に「レシピ」を用いるなど、趣味まで反映させてましたしね。

(カバー写真 : Bloomberg view twitter)


編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2014年8月22日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった安田氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。