書評:「危機とサバイバル」 --- 中村 伊知哉

アゴラ


危機とサバイバル──21世紀を生き抜くための〈7つの原則〉

ジャック・アタリ「危機とサバイバル」。38歳でミッテランの片腕となり、英サッチャー、西独コールらと渡り合った知性による21世紀の展望。

個人・企業・国家への啓発書となっていて、アタリを初めて読むと鼻につくかもしれません。同著者の「21世紀事典」「21世紀の歴史」から入ることを薦めます。


多くの読者が関心を示すであろう個人・企業に対する啓発はぼくにはピンと来ませんが、終盤の「国家のサバイバル」はアタリ的で楽しかった。「国家はすべて滅亡してきた」。これをどう読むか、という観点です。

愛国心は「国家の自国の尊重」に現れるとし、国家による態度を問います。その指標として防衛、生活、規律に加え、文化財保護と(公共建築などの)デザインを挙げています。フランス人ですなぁ。

その上で、自国を尊重している国として、イギリス、日本、オランダ、一部の北欧諸国を挙げています。他方、欠如する国として、アフリカ諸国、中国、インド、アメリカを挙げています。面白い。

他国との共感力に乏しい国として、米・英・日・イランを挙げています。独創性として米・日・韓を挙げています。同意したり反論したり、ムズムズします。自己の尊重を示し、存在意義のある都市として、シンガポール、パリ、ロンドン、東京、ストックホルムを挙げています。これはかなりうなずきます。

本文とは別にいくつものコラムが設けられていて、そちらのほうがうんと楽しいので少しかいつまんでみましょう。

経済情勢、技術進歩、政治活動・テロなどの状況からみて、1913年と2013年が酷似しており、第三次大戦が勃発してもおかしくない状況といいます。 リーマンショックを予測したとされるアタリの言だからギョッとします。

コラム「ビデオデモクラシー」では、全てが映像で記録される事態を予期しつつ、「映像が持つ信憑性は失われ、動かぬ証拠にはならなくなる」と見ています。なるほど、映像が自由になることで、逆に個々の価値が下がると言うんですね。

2013年3月にローマ教会と中国が新代表を選出したが、この両者の組織も指導者選出法もよく似ているとします。確かにどちらも閉じたシステムで、どちらも同様の問題を抱えています。違いは前者が1800年で、後者はまだ数十年という点だとも。

国家の将来性を見極めるにはGDPはあてにならず、「人口統計、料理、音楽」の3指標だといいます。人口統計を見て、料理=文化・生活様式を味わい、音楽=創造力・美を聞けばわかるというんです。この乱暴な見解がアタリ的です。

その枠組みには同意するものの、人口統計はともかく、料理、音楽で判断すると、殴り合いになります。例えばアタリは日本を料理しかすぐれた点がないと評価しています。日本は音楽もすぐれてるよ!さらにアタリは、ドイツ・ロシアは3つともないと酷評。フランス人ですなぁ。

中国は「世界に通じる普遍性を獲得しようという野心を持ったことがない」とします。なるほど、それを中華思想と定義するのですね。

こうも説きます。—- ソ連解体で敵を失った米軍産複合体は中国を敵と想定する。そのためには日本を守るという口実が必要なので、日中が敵対し続けなければならない。これが米国の基本戦略であり、今後も日中を対立させようとする。— これもフランス人らしい見解ですが、にわかには同意しかねます。

こんな言葉も残しています。 —- これまでの人類の総数は1000億人。メディアの発達により、一人の人間が接触できる人の数は1000人まで高まったが、これが急増する。「同時代に生きる人間同士の結びつきの数は、過去のすべての世代の結びつきの数を上回る」。

人類はそのパワーをどう活用するか。その問いは、ぼくらが引き受けて、考えてみたい。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2014年8月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。