「注意しても彼は『ダ』としか答えないのよ。いつなったら『ヤー』といってくれるのかしら」
知人の娘さんは現在、市立保育所(0歳から6歳まで)で実習している。その彼女が「保育園児はほとんどドイツ語ができない」という。タンテ(保育園児を世話する先生)がいうことは一応分かっているが、その口から飛び出す言葉は家でお父さん、お母さんから聞いた母国語だというのだ(「ダ」はロシア語系出身の子供が使う「はい」といった意味。「ヤー」はドイツ語で同じ意味)。
オーストリア文部省は「三つ子の魂、百までもというが、早い時期にドイツ語のベースを入れないと、将来、小学校に上がれば言葉で苦労する。移住者、難民の子供たちは小学校に入学してからドイツ語を学んでも遅すぎる。幼稚園、保育所の時からドイツ語を喋れるようにしなければならない」と指摘、ここにきて幼稚園児、保育園児への言語教育に力を入れるべきという議論が飛び出してきている。
オーストリアでも、急増する難民、移住者が大きな社会問題となっている。シリア内戦が勃発して以来、連日、多くの難民がオーストリアにくる。ニューダーエステライヒ州のトライスキルへェ難民収容所は定員の2倍以上の難民でパンク状況だ。そこで緊急対策として、連邦軍兵舎で使用していない兵舎があることから、そこに難民を一時収容するという案が飛び出してきた、といった具合だ。
冷戦時代、オーストリアは「難民収容所国家」と呼ばれ、旧ソ連・東欧諸国から約200万人の難民がオーストリアに殺到、その一部は同国を第2の故郷として定着していった。だから同国では難民、移住者が溢れている。旧ソ連・東欧諸国出身ばかりか、最近はシリア、イラク、アフガニスタン、チェチェン出身などが多い。
実例を挙げて説明しよう。オーストリア人の家族が自分の子供を市立幼稚園に送った場合、大変なことが起きる。お母さんが朝、幼稚園の前で「頑張ってね」と子供を送り出す。夕方、ピックアップする時、子供がお母さんにドイツ語ではなくトルコ語で喋り出したのだ。子供が幼稚園でトルコ人の友達と遊んで自然にトルコ語を覚えてしまったのだ。
「自分の子供が外国語を学んできた」と喜ぶお母さんは少ない。多くはショックを受ける。だから、オーストリア人家族の中には外国人の園児が多く集まる市立幼稚園(保育所)を避け、少し高くても私立幼稚園に子供を送るケースも出てくるわけだ。
幼稚園だけではない。小学校でも移民者が多く住むウィーン市16区では移住者の子供たちが生徒の3分の2以上を占めるクラスが多い。当然、ドイツ語での教育が難しくなるため、教育の水準低下といった結果をもたらす。
知人の娘さんがいうように、「ダ」と答えている園児を「ヤー」といわせるようにすることは大変だ。難民や移住者がまだ少ない日本社会では想像できない風景だ。
編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年10月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。