朝日新聞、木村社長の即刻辞任はやはり必要

松本 徹三

私自身は、朝日バッシングの時流に乗って更に囃し立てる事などはしたくはないし、第三者委員会の委員の人選は概ね当を得たものと思えるので、このまま推移を見届けたいが、下記の理由により、木村社長はやはり即刻辞職すべきと思う。

今回の朝日新聞の誤報事件は、例えば食品会社で言えば、その会社が販売している幾つかの商品に毒物が混入されていたというのに等しいレベルの問題であり、しかもその混入が単なる不注意ではなく、もしかすると故意によるものかもしれない事、仮に故意でなかったとしても、会社の体制自体がそういう問題を頻発させる可能性を内蔵している事が疑われているのであるから、これは並大抵の問題ではない。


こういう場合は、その時点での会社の最高責任者である社長の辞任が極めて常識的な第一歩である事は言を俟たない。現実にはそうならない場合もあるが、その場合の決まり文句は「問題を起こした会社の体制を立て直すのが最大の責務であり、それをせずに辞任するのは無責任だ(だから直ぐには辞任しない)」という事である。しかし、今回の木村社長の場合は、「会社の体制に問題があった」とも、「それは質されなければならない」とも言っていないのである。

こういう状態のままでは、やはり他紙も週刊誌もブロガーも、少し品位に欠ける事はあっても、攻撃の手を緩めるわけにはいかないだろう。黙ってしまえば、木村社長の言動を当面是認した事になってしまうからだ。第三者委員会が早々と結論を出してくれればよいが、これに時間がかかるとインパクトが薄れてしまうのも危惧しなければならない。

木村社長が「世の中の常識に逆らって居座っている」現状がもたらす問題は沢山あるが、私が特に危惧するのは下記のような事だ。

  1. 朝日新聞の信用が失墜し、健全な左派(リベラル)系の一流紙が日本から姿を消す事。

    ここで、「健全な」というのは、「自らの主張を正当化する為に『真実の追求』という報道機関の最低限の義務を放棄するような事はしない」という事を意味する。今回朝日新聞がやった事は、第三者委員会の検証を得るまでもなく、明らかにこれに該当してはいないのだから、最低限その事だけは早く認めてしまわないと、「朝日新聞の健全化」自体の機を逸してしまう。

  2. 現状に苛立った右派系の人たちが朝日新聞の関係者等を対象にしたテロ行為などに走り、これが朝日新聞の現在のあり方を批判する普通の人たちにも打撃を与える事。

    テロ行為はどんな場合でも非難されるべきは当然だが、何等かの思惑で朝日新聞を擁護したい国内外の人たちは、これを絶好の口実にして、批判勢力とテロリストを十把一絡げにして反撃してくるだろう。「辞任をしない木村社長は実は秘かにこういう事態を期待しているのではないか」と勘ぐられては、木村社長も不本意であろうが、それならば、そういう事態を防ぐ為にも、先ずは自分の首を差し出すぐらいの事は当然するべきではないだろうか?

  3. 現時点で朝日新聞が出来る「国民に与えた苦痛」に対する最大の償いは「海外への発信」であり、これが素早く且つきちんとなされなければ、国民の苛立は何時迄も解消しない事。

    朝日新聞がやるべき「償いの行為」は、先ずは米国の議会や国連への「謝罪を伴った過去の記事の訂正報告」であろうが、それは社長の辞任とパッケージでなければ、真剣に受け止められない。また、最も効果的なインパクトがある事として、例えばNew York Timesへの全面広告等もあって然るべきだが、現時点で社長がまだ辞任していないという事実は、そこ迄やる気はどうもなさそうだという憶測に繋がり、懸念が深まる。

さて、福島瑞穂さんなどは、この期に及んでもなお、「権力に切り込むジャーナリストを萎縮させてはならない」等というズレた発言をしているが、「嘘を報道する事」と、「権力に切り込む事」や「人権を守る事」は全く次元の異なる問題であり、並べて論じる事自体が筋違いなのは誰でも分かる事だ。「嘘をつくなと言われたら萎縮してしまう」というのなら、子供の教育さえも出来なくなってしまう。「昔ながらの決まり文句」しか言えない左派の没落はここ迄来たかと愕然とするばかりだ。

そもそも、今回の事で問われているのは「第四権」の腐敗や傲慢さである。ジャーナリズムが立法や行政や司法の腐敗に切り込みたいのなら、先ずは自らを身ぎれいにすべきは当然の事だ。過ぎてしまった事は仕方がないが、ここできちんと自己否定が出来ないのなら、他の権力に切り込むべき自らの立場を自分から放棄してしまうのに等しい。

世の中では毎日何かが起こっており、ジャーナリストは一日もたゆまずそれを監視して、何かを言っていかなければならない訳だが、木村社長がその席に座ったままでは、何を言っても信用されないだろう。最低限その事は分かってもらわなければ困る。

朝日新聞が今後とも「人権を守る」先頭に立ってくれる事には期待したい。しかし、それならば、今回の従軍慰安婦問題について、少なくとも「強制連行の有無は本質ではなく、女性の人権無視こそが本質だ」等という卑劣で愚かな言辞を弄するのはやめて欲しい。

残念ながら、1940年代の時点では、世界各地で「貧困故の女性の身売り」は公然と行われていた。そのほんの一角をわざわざ切り出して、「それが国家権力によるおぞましい暴虐行為と一体で行われていた」かのような脚色をして、その嘘をベースに世界の注目を得ようとした行為は、現時点で女性の人権を守る為には何の役にも立たないのみならず、むしろマイナスになる。

これから朝日新聞にやって欲しい事は、「現時点での人権侵害」に目を光らせ、これを根絶すべく努力する事であり、でっち上げた過去の嘘話をベースに「国民の税金を外国に流出させる」努力をする事ではない筈だ。