中村修二氏の生存バイアス

池田 信夫

今年のノーベル賞に、日本人が3人(うち1人はアメリカ国籍)選ばれたことが話題になっているが、よくあるのが長谷川豊というフリーアナウンサーのような話だ。

200億しか請求していないにもかかわらず、判決は「いえいえ、あなたの価値は604億円ですよ」と言ってのけた。これはとても大きなニュースになった。[…]しかし中村氏は、わずか6億円という、地裁が認めた600億円から100分の一というあまりにも小さすぎる値段での和解に合意。そして…この天才科学者は日本から去っていった。

ではかりに東京地裁の命じたとおり、中村氏が600億円取ったとしよう。これは日亜化学が得た利益の50%らしいから、今後は企業は研究開発による利益の50%を社員に取られることになる。すると日本の企業は、青色レーザーのようなハイリスクの技術には絶対に投資しなくなるだろう。

その理由は簡単だ。青色レーザーのような成果が出る確率は、控えめにみても1/10000ぐらいだから、中村氏に投資した5億円の研究開発投資の1万倍、つまり5兆円の資金が必要だ。600億円の利益では、とても採算が合わない。

これは逆に考えてもわかる。もし中村氏が研究成果を100%取りたいなら、5億円の投資を自分ですればいい。ドクター中松のように、そういう人はいくらでもいる。しかし中村氏が失敗する確率のほうがはるかに高いので、彼は成果を出す前に破産するだろう。

イノベーションとは賭けである。事後的には、価値を生み出した人が半分取るのがフェアにみえるが、それは9999人の失敗した人の犠牲の上に生まれた偶然だ。企業の研究者の大部分は、会社の金で自分の成果を出すフリーライダーなのだ。

こういう錯覚は、行動経済学では生存バイアスと呼ばれる。タレブも指摘するように、1ドルをコインの表だけに賭け、そのもうけをすべて次に賭け続けると、10回目には1000人に1人が1000ドルもうかる。そのとき賭けの必勝法を聞かれた人は、「表だけに賭けることだ」というだろう。

中村氏のイノベーションはすばらしいが、彼の報酬についての主張が経済的に正しいかどうかは別の問題だ。それを上回る報酬を算出した東京地裁の裁判官も、福井地裁と同じく期待値という概念を理解していない。日本に足りないのは、リスクも報酬も自分が取る独立のイノベーターを生み出す制度設計である。