国民の自立心を信じたい --- 井本 省吾

アゴラ

半世紀以上も前、12月が近づくと東京でも朝は寒くなり、学校に行くために起きるのがいやだった。いつまでも布団の温もりの中にいたい。それほど家の中でも朝の空気は冷たかった。木造家屋はガラス戸の狭い隙間から北風が容赦なく侵入する。壁の断熱効果も乏しく、真冬の1~2月は枕元に置いたコップの水が凍ることもあった。


今とは大違いである。ガラス戸のアルミサッシが隙間風をシャットアウト、おまけに枕元に置いたエアコンのリモコンをつければ、10分ほどで部屋は暖かく、布団の中から出るのに躊躇することはなくなった。

一事が万事、今の日本人の生活基盤が様々な面にわたって便利に、快適になっている。

4~6月期、7~9月期とGDP成長率が2期連続してマイナスとなり、景気が悪くなっているのは確かだ。過去四半世紀を振り返っても1990年以降2010年まで失われた20年と言われ、ゼロ成長に近い低成長とデフレが続き、かつては大きかった韓国や中国、東南アジアなどとの経済格差が縮まっている。

2011年の大震災以降も経済的な苦難が続いた。しかし、一般庶民の基本的な生活は今も快適、便利な状態が続いている。国民所得がアジアに追いつかれつつあるからと言って、あちらに引っ越すことを考えている人はごくわずかだろう。

ただ、国の借金が1000兆円を超え、将来の不安は強まっている。財政悪化を克服し、快適で便利な生活を維持できるだろうかと。

安倍総理は、その不安から支持率が下がってゆくことを恐れ、まだ支持基盤が固い今のうちにと、解散を選んだ。

そうにらむ国民の間で、アベノミクスへの懐疑が強まっている。24日付けの日本経済新聞が掲載した世論調査によると、アベノミクスを「評価しない」が51%で、「評価する」33%を上回った。安倍政権の2年間で景気回復を「実感している」は16%にとどまり、「実感していない」の75%を大きく下回っている。
 
しかし、消費税率引き上げを2015年10月から2017年4月への1年半先送りしたことは「賛成」51%で、「反対」36%を引き離している。

安倍首相が消費増税先送りを決めたのも、痛みを伴う増税に対する反対派が多いと見越してのことだ。

実は安倍氏の本心は、国民の自立を望んでいる。それは昨年2月の施政方針演説の冒頭に表れている。

<「強い日本」。それを創るのは、他のだれでもありません。私たち自身です。「一身独立して一国独立する」。私たち自身が、誰かに寄り掛かる心を捨て、それぞれの持ち場で、自ら運命を切り拓こうという意志を持たない限り、私たちの未来は開けません>

<日本は、今、いくつもの難しい課題を抱えています。しかし、くじけてはいけない。諦めてはいけません>

<私たち一人ひとりが、自ら立って前を向き、未来は明るいと信じて前進することが、私たちの次の、そのまた次の世代の日本人に、立派な国、強い国を残す唯一の道であります>

国民の多くがこの演説に共感し、安倍首相を支持してくれれば、消費増税を延期しなかったかもしれない。

しかし、「政府に寄りかかりたい」という国民は少なくない。補助金や行政の保護、公共投資に依存し、納税はできるだけ少なくしてもらいたい。そんな依存心の強い国民は、厳しい自立心を望む政権を嫌う。

安倍首相はアベノミクスで金融緩和政策や公共投資の拡大策をとったのもそのためで、独立心を望む総理のホンネはそれらに対して消極的だったと思う。

安倍首相は一番、尽力しようとしていたのは3本目の矢、成長戦略だろうが、実は、それは政府が音頭をとってできるものではない。個別の企業、国民が自分で努力して親商品、新事業を開拓するしかない。政府ができることは、民間企業の自由な活動の邪魔になる岩盤規制を撤廃し、税金のムダ遣いをなくすための行政改革を推進することでしかない。

しかし、既得権にしがみつく業界とそれを支える政界、官界の抵抗にあってなかなか思うように進まない。

そこで、増税延期、解散に打って出て、長期政権につなげようとしただろう。

残念ながら安倍政権の政権基盤はそれほど強くなく、妥協しつつ政治を進めなくてはならないということだ。

しかし、「一身独立して一国独立する」は今も真理であり、国民がいやがる政策(増税)を避けていては、いずれ財政が危うくなるのは確かである。安倍首相はどこかで、国民がいやがる政策を断行しなければならない。

前掲の姿勢方針演説のように訴えれば、国民はそれを受け入れると思う。サイレントマジョリティの心意気を信じたい。


編集部より:この記事は井本省吾氏のブログ「鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌」2014年11月24日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった井本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌をご覧ください。