大変残念なことだが、世界は混迷を極め始めている。元々人類の将来には「自然科学の進歩に追いつけない未成熟な政治」「アフリカ大陸やインド亜大陸における人口爆発」といった「本質的に難しい問題」が待ち構えているのだが、現下の状況はそれに繋がっていく可能性も内蔵している。我々はこのような状況にどのように対処すれば良いのだろうか?
現時点での最大の問題は、イスラム過激派の世界規模でのテロ活動が拡大している事だ。ボコハラムはナイジェリアの奥地で無垢の少女たちを拉致し、強引に兵士たちの妻にした上で、「自爆テロリストになれば天国に行けるが、拒否すれば生き埋めにする」と脅しているという。わざとエボラ熱に感染させて、世界中を歩き回らせるかもしれない。ISISは「西はスペインから東はインドまでを昔通りカリフの支配下に入れる。イスラムへの改宗を拒むものは皆殺しにする」と公言している。如何にテロの対象になるのが怖くても、世界中の人たちがこういう事態を黙認しているわけにはもういかない。
現在の開かれた国際社会では、一つのテロを防止するのには膨大なコストがかかる。その上、多くの人たちが多大の不便を強いられる。プライバシーの侵害もある程度許容せざるを得ない。そして、それだけの犠牲を払っても、なおテロを根絶できるという保証はない。
一つの国(例えば北朝鮮やイラン)が核兵器で他国を脅迫するのはそう容易い事ではなく、自らを傷つける結果になるリスクのほうが大きいが、サリンガスなのどの「化学兵器」の製造は、オウム真理教でさえやれたのだから比較的容易であり、「自然拡散する」という点で核よりも怖い「生物兵器」を作るのは、現在の遺伝子技術をもってすればもっと簡単かもしれない。そして、この脅威は今後幾何学級数的に増大して行くと考えるべきだ。
現時点では大量殺人の手段は未だ爆発物や銃器だけだが、現在の流れが加速すれば、化学兵器や生物兵器が登場するのも時間の問題と考えなければならない。そうであれば、今テロの力学を根絶しておかなければ、取り返しのつかないことになる。日本も平和ボケしているわけにはいかない。
前述のボコハラムやISISの例に見られるように、テロリストの言い分は多くの場合無茶苦茶であり、その行動は多くの普通の人たちの激しい怒りの対象になるものだが、その芽となっている「彼等自身の怒り」はある程度納得できるものでもある。だから、現在の流れを根絶するためには、「その種を蒔かず」「芽が出ても、それが大きく育たないようにする」事が共に必要だ。
では、その「種」はどこにあるのか? 基本は「貧困」と「疎外感」「抑圧感」ではないかと思う。人間は、疎外され抑圧されていると感じ、また、それ故に貧困なのだと感じた時には、そういう状況に報復したいと強く思う。もし状況が絶望的で「命などどうでも良い」と思うに至れば、報復の手段は大きく広がり、際限もなく過激なものとなっていくだろう。
イスラム教の教義は極めて常識的なものであり、そんなに過激なものではない。しかし、「唯一神の前での平等」を明確にしているから、このように追い詰められた人たちに「信念」を与えるという点では、強い力を持っているのかもしれない。その意味では、今最も求められているのは、イスラム社会の中で暴力とテロを強く牽制する力が生まれることだ。
産業革命をバックとして生まれた資本主義経済とこれをベースとする近代国家は、基本的に「格差」を拡大する傾向があり、「情報技術」と「金融資本主義」はこの傾向に拍車をかける可能性があるから、どこかでこの「格差」による「疎外感」「抑圧感」が「沸点」に達する可能性は常に否定できない。(これは南北間で顕著になろうが、先進国内部においても問題となろう。)これが「宗教的信念」や「全てが単純素朴だった過去への憧憬」に結びつくと、「近代国家に普通に生きている人たちから見ればとんでもなく暴虐な」行動へと走る可能性が生じる。
現時点で、その「芽」がすでに大きく育ってしまったのは、テロリストたちが「基地」と「豊富な近代兵器」を持つに至ったからだ。「基地」は、シリア、イラク、イエメン、及び中央アフリカの国々であり、武器は、元々はソ連やチェコのものが多かったが、今となっては米国が手渡したものが殆どだ。その元をたどれば、殆どが米国の拙劣な政策に起因している事がわかる。
米国は、イランのパーレビ国王に過度の支援を与えてこの地に過激なイスラム革命を引き起こし、アフガニスタンへのソ連の侵攻に対抗する為にタリバンやアルカイダを育成し、9.11の後にはイスラエルの右派に間違った信号を送って、折角進みつつあったイスラエルとパレスチナの和平路線を潰してしまった。また、イラクに侵攻してこの地区でのスンニ派とシーア派の均衡を崩してしまい、その流れでシリアの状況もより複雑なものにして、ついにはISISのような奇形国家まで生み出してしまった。
これ以上の「種」を蒔かない為には、欧米諸国がイスラム教自体を敵視しない事がまず必要だ。また、「格差の是正」はそんなに簡単ではないが、少なくともその為の努力はしなければならない。移民政策が見直されるのはやむを得ないが、右派による過激な行動は国として抑え込むべきだ。過激な行動はより過激な報復を生み、これが際限もなく広がって、善良な市民の安全が著しく脅かされることになるからだ。
イスラム教については、敵視しないだけでなく、理解しようと努めることも必要だ。暴虐な出版社銃撃事件を受けて、欧米社会は現在シャルリ支持で結束しているようだが、率直に言えば、私は「イスラム教の預言者を侮蔑するような風刺漫画」を敢えて掲載する同社の方針には賛成できない。イスラム教の教義自体を批判することはあっても良いが、表現は抑制するのが当然だと思う。
その一方で、出てしまった「芽」が大きく育たないようにする事も勿論必要だ。欧米諸国が中心となり、それにロシアや中国も(当然日本も)協力して、テロリストたちの「基地」を壊滅させ、資金源を断ち、武器の密輸ルートを徹底的に抑え込む努力が、先ず最優先でなされなければならない。また、テロリストたちは、善悪は別として、宗教的信念に支えられて行動しているのだから、その内偵、捜査についても、心理面に対する深い洞察に根ざした新しい技術の導入が必要だと思う。
それから、欧米諸国が間違ってもやってはならないのは、この時点でロシアや中国との対立を激化させ、中近東情勢を更に複雑化させる方向へと彼等を追い込むことだ。ウィグル問題を抱える中国がイスラム教国と深く連携する可能性は今のところ少ないが、老獪で且つ思い切った事も敢えてやりかねないKGB出身のプーチンを甘く見て、ロシアを経済的に追い込むのは危険すぎる。